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『進化しすぎた脳』 池谷裕二

 池谷さんの本はいつも面白いんですけど、今回も期待通りに面白い内容でした。脳ってやっぱり不思議なものですねぇ。

 例えば「赤いリンゴが転がっている」ということを認識するとき、そのすべてを一瞬に認識しているように思ってますけど、実際には別々に認識してるんだそうです。「赤いなぁ」「リンゴだ」「転がってる」っていう感じかな?実際には認識に時間差があるんだけどそれが同時に認識できたかのように理解しちゃうわけです。

 目で見た情報は視床を通って「視覚野」へ送られるのですが、それと同時に「上丘」という場所にも情報が送られるのだそうです。上丘で見ているものは意識の上には現れないのだけれど、でも判断を瞬時に行うことができるんですって。

 野球の剛速球やテニスのサーブを打ち返した選手に聞いてみると「何も考えていない、無意識だ」と答えるでしょ、よく動物的カンとかっていうけれど、これって「上丘」の判断なんですよ。

 誰かに会ったとき、何かを見たときに、「いい感じがする」とか「イヤな感じがする」って事がありますよね。第六感なんて言うときもあるけど、これって実は「上丘」の判断なのかもしれません。見ているという意識はないけれど見えているって、不思議な感覚ですね。

 脳の話をすると必ず出てくるのが記憶ってものなんですけど、人間の記憶ってかなり「あいまい」なものなんですね。いわゆる丸暗記ではなく、イメージで覚えているというか、他のものとの関連づけを優先させて記憶しているようなんです。

 ある人の顔や姿を覚えたとして、次に会うときには髪型が変わっていたり、違う服を着ていたり、何らかの変化が起きます。丸暗記した記憶だったら、寝癖で違う髪型になっただけで認識できなくなってしまいますよね。それじゃ困るから、あいまいな方が応用が効いて実用的なんだそうです。

 脳の話というのは、突き詰めると「意識と無意識」になってしまうんですけど、考えれば考えるほど分かりません。「心」というものも脳が作りだしているものなのだけれど、その存在というのは意識なのか無意識なのか?ということだって、永遠の謎であるような気がします。

 よくは分からないけれど、脳というものには興味を惹かれてなりません。自分の中にあるブラックホールのような気もするし、玉手箱なのかもしれないとも思えるのです。

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