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『単純な脳、複雑な「私」』 池谷裕二

単純な脳、複雑な「私」
池谷裕二
朝日出版社

 池谷さんが母校の後輩たちに語りかけるスタイルなので、実に分かりやすい説明ばかりで、話がすぅっと頭の中に入ってくる感じでした。

 脳が制御してくれているからこそ、わたしたちは様々な動きをしたり、心臓や肺が動いたり、考えたりすることができているのですが、それがどういうメカニズムになっているかということは、ほとんど知らないままに生活しています。

 この本を読んでみて衝撃的だったのは、脳の働きの順番が想像していたものと違う!ことでした。

 日常生活は作話(意味のでっちあげ)に満ちている(本文より)

 何かの動作を行う時の順番としては、「動かそう」→「準備」→「指令」→「動いた」だとわたしは思っていました。ところが実際には順番が違うのだそうです。

 「準備」→「動かそう」→「動いた」→「指令」 が本当の順番なのだそうです。

 動かそうと思った時には、すでに身体は動く準備をしていているのだそうです。なのに、この順番だと感じないのは、考えてから動いたのだと脳が調整をしているからなのだそうです。

 つまり、考えたから動いたのではなく、動いたからそう考えたことにしたということになります。スポーツでよく言う「考える前に動いている」というのは、実に正しい表現だったんですね。

 そうなると、自分は自由に考え、自由に行動しているというのは、単なる妄想であるということになります。脳が勝手に指令を出し、それを後付けで理由付けているのが事実なのです。

 他人の眼差しを内面化できるのが人間

 親や周りの人をマネして喋れるようになったり、ご飯を食べられるようになったり、様々なことを学習する時の基本がマネするという作業です。誰かが取った行動を、自分が鏡となって再現する能力があるからこそ、色んな事が出来るようになったのです。

 さらに、自分を内側から見るだけでなく外側から見ることができるからこそ、自分は友達と比べて走るのが早いなぁとか、でも英語は不得意だなぁとか、大勢の中の一人としてのポジションを認識することで、「自己修正」をすることができるわけです。

 こんな風に自分を客観的に見ることができなかったら、自分を見失ってしまいます。自分の立ち位置が分からなくなってしまったら、社会への適応ができなくなってしまいます。引き籠ってしまったり、他人の眼ばかり気になってしまうのは、こういう部分の欠落が原因なのでしょう。

 脳がちゃんと動いてくれているからこそ生きていられるのだけど、案外いい加減な動作もしてしまうものなのだということを知るにつけ、益々興味が膨らんでしまうのです。

1155冊目(今年33冊目)☆☆☆☆☆☆

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