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『ゴードン・パークス』 キャロル・ボストン・ウェザーフォード

ゴードン・パークス
Gordon Parks

キャロル・ボストン・ウェザーフォード 文
Carole Boston Weatherford

ジェイミー・クリストフ 絵
Jamey Christoph

越前敏弥 訳

25歳のとき中古のカメラを手に入れた。はらったお金は7ドル50セント。この買い物が人生を大きく変えていく―どんな夢でもかなう、そう信じていた。(内容紹介より)

 15人兄弟の末っ子としてゴードンは生まれました。15歳の時に母親がなくなり、姉の所に世話になることになりました。そこを出た後、ウェイターをしたり、安酒場のピアニストをしたりして生活していた彼は、一台の中古のカメラを手に入れて写真を撮るようになりました。彼が撮った写真は評判を呼び、彼の運命は前進し始めたのです。

 黒人として生まれたというだけで、明るい未来はほとんど閉ざされてしまうという社会に疑問を持ったゴードンは、様々な環境で必死に生きている黒人たちの写真を撮り続けました。

American-ghosic

 彼の転機となったのは、清掃員として働く女性エラの写真でした。星条旗の前に彼女の仕事道具であるほうきとモップを持って立つエラ。彼女の姿は、当時の黒人たちの置かれた立場を見事に語っていたのです。

 ゴードンは多彩な才能の持ち主で、文章を書き、ピアノを弾き、映画監督もしています。

 1971年の映画「Shaft」(邦題は黒いジャガー)が彼の作品だったことにビックリしました!

 ブラック・パワーを描いた初の映画の監督が彼だったのですね。

 1972年の映画「Super Fly」は彼の息子 ゴードン・パークス・ジュニアの作品だということにもビックリ!

 ”Black Lives Matter” が叫ばれる今、ゴードン・パークスのことをもっと知りたいと思いました。

1852冊目(今年157冊目)

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