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『女ともだち 靜代に捧ぐ』 早川義夫

女ともだち 靜代に捧ぐ

早川義夫

NetGalleyJP

しい子に「僕のどういうところが好き?」と尋ねたことがある。すると即座に「性格の悪いところ」と答えた。つまり、人間の長所なんていうのは案外とつまらないものであって、欠点こそ魅力を感じる要素が含まれているのだということである。僕もそう思う。好きになった人の欠点が愛おしい。欠点を好きになれなければ、好きとは言えないのではないか。(本文より)

 義夫さんは大学生の時にしい子(静代)さんと出会い結婚しました。義夫さんは結婚して間もなく、ミュージシャンを止めて本屋さんのおじさんになりましたが、実際にお店を回していたのはしい子さんでした。約50年の結婚生活の間、義夫さんは文字通り好き勝手なことをしてきたのですが、しい子さんはそんな彼のことが大好きで、ほとんどのことを許してくれました。

 義夫さんが女の子と付き合っていても、別に嫉妬するでもなく、「そんなことしてると嫌われるよ」みたいな話をする人だったのです。

 

妻 早川静代は(2019年)3月28日に旅立ちました。71歳でした。

 ある日、しい子さんの身体にガンが見つかり、あっという間に彼女は亡くなってしまったのです。生前、しい子さんも義夫さんも、先に亡くなるのは義夫さんの方だと思っていたのに、運命なんて誰にも分らないものなんですね。

 

しい子を抱きしめてあげたかった。思いっきり抱きしめてあげればよかった。ふざけてではなく、ぎゅっと抱きしめてあげればよかった」(あとがき より)

 

わたしが最初に義夫さんを知ったのは「サルビアの花」でした。あんなに切ないいい曲を書く人がどうしてミュージシャンをやめちゃったのかなって不思議に思っていました。

次に出会ったのは「ぼくは本屋のおやじさん」という本でした。楽な仕事だと思って始めたのに、結構大変な仕事なんだよってぼやいていたけど、結構長く本屋さんをやってたんですよね。

そして、いつの間にか本屋さんをやめてミュージシャンに戻っていたわけですが。恋をしないと曲を書けないという義夫さんのことを、いつでもやさしく見守っていてくれたしい子さんは、義夫さんの女神だったのかもしれません。

#女ともだち #NetGalleyJP 

1897冊目(今年202冊目)

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