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『バウムクーヘンとヒロシマ』 巣山ひろみ

バウムクーヘンとヒロシマ
ドイツ人捕虜ユーハイムの物語

巣山ひろみ(すやま ひろみ) 文

銀杏早苗(いちょう さなえ) 絵

 颯太くんは夏休み行われる「ピースキャンプ・イン似島(にのしま)」に誘われました。最初は興味がなかったのだけど「バウムクーヘンづくり体験」につられて参加することにしました。だって颯太くんはバウムクーヘンが大好きなんですもの!

 そこでバウムクーヘンを日本に伝えたドイツ人のユーハイムさんのことを初めて知りました。当時彼は中国の青島(チンタオ)で洋菓子屋さんをやっていたのです。第一次世界大戦の捕虜として、彼は日本に連れてこられたのです。

 

 ユーハイムさんが焼いたバウムクーヘンが日本で初めて販売されたのは1919年3月4日。広島市にあった物産陳列館でした。そこは産業奨励館と名前を変え、1945年8月6日から後は、原爆ドームと呼ばれるようになりました。

 広島生まれの颯太くんたちだけど、原爆のことや、今は平和公園になっている場所に町があったことなどを、このキャンプに参加して初めて知りました。それはとても衝撃的で、悲しい歴史でした。

 

 あんなにも有名なユーハイムの歴史がこうやって始まったということを、わたしも初めて知りました。ユーハイムさんは軍人だったわけでもないのに、ドイツ人の捕虜の人数合わせで日本に連れてこられてしまったということにビックリしました。でも、第一次世界大戦当時の捕虜の扱いはかなり緩やかで、収容所内では比較的自由に生活できていたのだそうです。そこでユーハイムさんはバウムクーヘンを焼くことができたのです。

 

 日本では有名なドイツ菓子のバウムクーヘンですけど、ドイツでは決して一般的なお菓子ではないんです。ユーハイムさんがいたからこそ、日本でこんなにも愛されるお菓子になったのでしょうね。

 バウムクーヘンが日本で食べられるようになって100年。お菓子を焼いたり食べたりできるのは平和な時だけだというユーハイムさんの思いを大事にしたいと思います。

1920冊目(今年225冊目)

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