52 鉄道・駅

『山手線誕生 半世紀かけて環状線をつなげた東京の鉄道史』 中村健治

山手線誕生  半世紀かけて環状線をつなげた東京の鉄道史
中村健治
イカロス出版
¥ 1,700
発売日: 2005/06

 ♪丸い緑の山手線♪ なんてCMもありますけど、山手線といえば環状線というイメージが確定してますよね。でも、最初から丸かったワケじゃないんです。

 現在の山手線の中で最初に線路が引かれたのが、新橋~品川間です。♪汽笛一声新橋を♪ と日本初の鉄道が引かれたのが新橋~横浜間ですから、この時点では山手線の構想はまだありませんでした。

 今でこそ鉄道の駅が近くにあるというのは歓迎されますけれど、一般の人に鉄道が理解される前の時代には、かなり迷惑がられていたようです。蒸気機関車が走ったらうるさいとか、煙で汚れるとか、かなり反対運動があったようです。

 たとえば、最初の予定では新宿駅は新宿追分(現在の新宿3丁目あたり)に作りたかったのですが、近隣の反対があって、町のハズレの場所(現在の新宿東口)にシブシブ変更したのだそうです。鉄道の黎明期に地元がどう反応したのかが、その後の町の発展に大きな差を付けてしまったんですね。

 山手線のルートはかなり標高差があるというのにもビックリしました。一番低い品川あたりは、ほぼ海抜ゼロメートル。一番高い新宿~新大久保間は標高約41メートル。それなのにトンネルは一ヶ所もなくて、すべて切り通しです!

 そんなことを考えながら山手線に乗ると、ちょっと景色が違って見えるかも?でしょ!

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『幻の東京赤煉瓦駅 新橋・東京・万世橋』 中西隆紀

幻の東京赤煉瓦駅 新橋・東京・万世橋
中西 隆紀
平凡社 (2006/08/10)

Photo_5

 中央線御茶ノ水駅から神田へ向かうとすぐに、下り坂になります。ここから新橋までの5.3kmの赤煉瓦の高架が続きます。このラインに沿って、万世橋駅(明治45年)、新橋駅(大正3年3月)、東京駅(大正3年12月)の順で、3つの大きな赤煉瓦の駅が作られました。万世橋と新橋駅は大正13年の関東大震災で壊れてしまいました。

 赤煉瓦の駅として今でも残っているのは東京駅だけとなってしまいました。現在、2011年完成予定の改修工事が行われています。

 大正3年の建築当初は3階建てだった東京駅ですが、第二次世界大戦の空襲(昭和20年5月25日)を受けて3階部分が焼け落ちてしまったのです。懸命の復旧の結果、2日後の5月27日には運行を再開したというのは凄いです!

 しかし駅舎の改修にはかなり時間がかかり、昭和22年3月に2階建てとしての修理が完成しました。その後、高層建築にしようという計画案は何度もあったそうですが、その度に回避され、現在まで東京駅は赤煉瓦の駅として生き続けてきました。2階建てになって60年たった今、元の3階建てに戻す工事が行われているのです

 この本には、わたしの憧れの駅、万世橋駅についての記事が数多く書かれており、とても嬉しくなってしまいました。その中でも特筆すべきなのが、万世橋駅2階にあったレストラン「みかど」の存在です。ここで芥川龍之介と谷崎潤一郎が会食をしたというのが、芥川の「餓鬼窟日録」という日記に書き残されているのだそうです。

 また、わたしが大好きな内田百閒先生もここを訪れた事があったようです。どんなレストランだったのかなぁ?

 高架の土台として赤煉瓦が選ばれたのは、騒音が起きにくいからなのだそうです。シカゴの地下鉄(フレンチ・コネクションの舞台になってました)のように鉄骨で高架を作ると、列車が走ったときの音が物凄くうるさくて、下で銃撃があっても分からない位なのだそうです。

 東京の街がどんなに変わっていっても、赤煉瓦の建造物がずっとこのままの姿であって欲しいものです。

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明治の私鉄と産業発展

Photo_4  汐留にある 「旧新橋停車場 "鉄道歴史展示室"」で開催されている「明治の私鉄と産業発展 日本鉄道+甲武鉄道+総武鉄道」という展示を見に行ってきました。

 都内を走っている山手線や中央線などのJRの列車は、かつては国鉄だったわけですが、これらすべてが最初から国有鉄道だったわけではありません。

 最初は民間鉄道として作られたものが、国の政策によって国有化され、現在のような大規模な路線となったのです。この展覧会で取り上げられているのは、そういった旧私鉄の歴史です。

 総武鉄道は、現在の総武線とほぼ同じ範囲だし名前も同じなので、比較的分かりやすいのですが、日本鉄道と甲武鉄道に関しては、その存在は忘れられてしまっています。

 総武鉄道は、1894年に市川~佐倉間で開業し、千葉(上総・下総)と東京(武蔵)をつなぐので、総武という名称になったのです。同年12月に江戸川を越えて本所(現在の錦糸町)に達し、1904年に両国橋(現在の両国)までの路線となったのです。

 そういえば、わたしが子供のころは、千葉に海水浴へ行くときは両国から電車に乗ったものです。(現在は東京始発)こういう歴史があったとは、今頃になって両国発の列車があった意味が分かりました。

 日本鉄道は1881年に創立され、現在の高崎線、東北本線、常磐線などを運営していました。現在のJR東日本の大部分をこの会社が作っています。1906年公布の鉄道国有法によって国有化されるまで、規模的には日本一の鉄道会社でした。

 甲武鉄道は、東京(武蔵)と甲府(甲斐)を結ぶという意味で名付けられました。1889年に新宿~立川間で開業し、1904年までに、御茶ノ水~八王子が開通しました。それまで蒸気機関車が主流だったのですが、電車を採用したのは、この甲武鉄道が最初なのです。そして、この線も1906年に国有化され、現在の中央線となったのです。

Photo_52  1912年に、さらに伸びて万世橋駅の営業を開始しました。開設当時は大ターミナル駅として栄華を誇ったこの駅ですが、十数年後にできた東京駅にその座を奪われ、更に関東大震災で壊れてしまった事もあり、駅としての機能はなくなってしまいました。その後この駅は昨年まで交通博物館として使用されていました。

 わたしはこの数年、この万世橋駅に心を奪われているんです。余りにも資料が少ないので、この駅に関する情報をいろいろと探しているのですが、なかなか見つかりません。(^_^;)

 今回の展示でも、この駅についての資料がないかと思って行ってみたのですが、殆ど見つかりませんでした。

 家の近所の図書館で見つけたこの本に、少しだけ説明が載っていたのですが、やっぱり古い本を探すしかないなぁって思っています。

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『日本鉄道地図 どんな路線?なぜ生まれた?』 インターナショナル・ワークス

日本鉄道地図   どんな路線?なぜ生まれた?
インターナショナルワークス
幻冬舎 (2004/04)

 普段、何の気なしに乗っている電車だけど、知らない事っていろいろあるもんです。

 一周しているはずなのに山手線は環状線ではない!?

 「花の東京のど真ん中、ぐるり回るは山手線♪」なんて歌もあったくらいで、山手線が環状線だと信じている人がほとんどですよね。でも、事実は違うんです!山手線の西側、田端~新宿、代々木~品川の20.6kmだけが山手線なんです!

 じゃあ、他はどうなのよ!ですよね。では、解説いたしましょう。田端~神田は東北本線、東京~品川は東海道本線なのです。おまけに、神田~東京と、新宿~代々木は中央本線です。つまり、山手線は本当の山手線を含めたいくつかの路線が集まった路線で、一般に呼ぶ「山手線」という名称はあくまでも俗称に過ぎないんですって!

 「京浜東北線」というのも俗称だし、中央線と総武線は繋がっているけれど別の路線だし、常磐線の各駅停車と快速ではまったく路線が違うし、「尾久駅」(駅名は"おく"で、地名は"おぐ")は東北本線しか止まらないし、いやぁ難しいです!

 そうそう、どの駅で乗り換えるのかも難しいですねぇ。銀座のように、同じ駅名でほぼ同じ地点に各線が集合している場合はいいんですけど、駅同士が離れていたり、駅名が違っていたり、ホームを横切らなければならないところもあるし、一旦改札を出て乗り換えるところもあるし、どの駅で乗り換えるのか?で、いつも頭を悩ませてしまいます。

 なんて言いながらも、そういうことの一つ一つに興味を持ってしまうと、これが楽しいんですよね。新しい線ができる度に、新しい発見や新しい失敗が増えます。(*^_^*)

 来年開業予定の地下鉄13号線(副都心線)って、平成24年に東急東横線と繋がるんですってね。それに合わせて渋谷駅もかなり変わるらしいです。5年後なんてあっという間です。

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タモリ倶楽部 「赤い電車で久里浜工場へ」

Akaidenshaninotte いつも楽しみにしているタモリ倶楽部ですが、先週と今週は京浜急行の久里浜車両工場へ見学へ行くという、タモリさんの趣味バリバリの番組でした。

 今回の出演者は出演者は、タモリ電車クラブ・ゴールド会員の俳優、原田芳雄さん。「くるり」のヴォーカル岸田繁さん。ホリプロマネージャー南田さん。そして、シルバー会員の方々。進行役として登場した松尾貴史さんは、会員たちの熱いノリに付いて行けず、ただボヤクばかり!(^_^;)

 貸切車両に乗り込んだ面々は、モチロン先頭車両に集合してハシャグことハシャグこと!普段通過することがない駅を通過したところで大喜びするし、高架上のポイントに感動しちゃうし、仕舞いには岸田繁が1度やってみたかったという、床に耳を当ててモーター音を聞く姿を松尾以外の全員真似したり、みんな子供のように大ハシャギ!

 参加者全員が筋金入りの鉄チャンなので、最終的には誰も番組の進行なんか考えずに熱中してしまうところが面白すぎ~!わたしは原田芳雄さんの大ファンなのですが、こんなに凄い鉄道ファンだったとは知りませんでした。(^^ゞ

 この面白さをどう伝えよう?と思っていたら、画像が YouTube にアップされていました。もう一度見直してみてもヤッパリ面白かったぁ!作った笑いより、極度な真面目さの方がよっぽど面白いということを感じさせてくれる番組でした。深夜枠だからこその企画だとは思うけどね。(^_^)v

タモリ倶楽部 2007/01/20 赤い電車で久里浜工場へ(前編) 1/3
タモリ倶楽部 2007/01/20 赤い電車で久里浜工場へ(前編) 2/3
タモリ倶楽部 2007/01/20 赤い電車で久里浜工場へ(前編) 3/3
タモリ倶楽部 2007/01/20 赤い電車で久里浜工場へ(後編) 1/2
タモリ倶楽部 2007/01/20 赤い電車で久里浜工場へ(後編) 2/2

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つくばエキスプレス秋葉原駅

 つくばエキスプレス開通に向けて、長いこと続いていた秋葉原駅のリニューアル工事の成果が、いよいよ見えてきました。

 つくばエキスプレスの開通はもうすぐ、8月24日です。つくばエキスプレスの秋葉原駅も殆どできあがり、改札口まで入れるようになりました。ホントは定期券を買う人のためなんですけど、単なる見物客(わたしも含めて(^^ゞ)も大勢来てます。

 このつくばエキスプレスとの乗り換えのために、JR秋葉原側にも8月17日に「中央改札口」ができました。この出口はまだ余り知られていないせいでしょうか、使っている人は今日は余りいませんでした。とにかくピカピカで、ここが秋葉原だって事を忘れちゃいそうです。すでにリニューアルが終わった昭和口もピカピカで、オマケに駅ビル atre vie(アトレヴィ) までできちゃいました。この中には、かなりお洒落なレストランが入ってるんです。

 9月16日にヨドバシカメラ・マルチメディア秋葉原が開店すると、益々秋葉原の雰囲気は変わっていきそうです。このビルにはタワーレコードと有隣堂も入るんですって。人の流れもかなり変わりそうですね。つくば方面からのお客さんが増えると、ますますアキバ系クンが増えることになるんでしょうか?

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『東京の地下鉄がわかる事典』 青木栄一

東京の地下鉄がわかる事典
青木 栄一監修 / 日本実業出版社編
日本実業出版社 (2004.7)

 「都電のいる東京風景」という講座を現在受講してるんですけど、その講師をしてらっしゃる青木先生の著書ということで、この本を読んでみました。

 毎日利用している地下鉄ですけど、知らない事ってたくさんあります。知ってたからどうってことないけど、でも「へぇ」ってことは数限りなくあるんです。

 日本初の地下鉄である銀座線の西側の終点である渋谷駅って3階(東急東横店の3階)にあるんですよね。子供の頃から不思議だなぁって思ってたんですけど、この本で理由が分かったんです。

 渋谷って地名からも分かるように、この地域は標高が低くて約16mなんです。それに対して表参道のあたりの標高は34m!この標高差をなるべく平にしようと考えて、渋谷では地表から3階(約12m)高く、表参道では地下約8mの位置に駅を作ったんですって!(これだと標高差は約2m)

 それに引き替え、新しくできた半蔵門線の渋谷駅は標高約1mの位置にあるので、表参道駅から27mも下にあるので、この駅間は29%というものすごい急勾配になってるんだそうです。

 もう一つ気になっていたのが、ホームでのアナウンスって男性の声と女性の声があるってことなんです。東京メトロでは基本的に1番線が女性、2番線が男性の声なんですって。都営地下鉄の場合は、浅草線と三田線は1番線が女性、2番線が男性。新宿線と大江戸線は逆で、1番線が男性で、2番線が女性になってます。どう、気が付いてた?

 東京の地下鉄の一番の特徴は、基本的に都内のみを走っているってことなんですって。新宿線の本八幡、東西線の浦安~西船橋以外では、他県へ入るときにはそこからは別の鉄道会社と接続するんです。

 他社との接続が一番多いのが都営浅草線で、西は京浜急行の本線と空港線、久里浜線に接続し、東は京成押上線、本線、そしてその先には北総開発鉄道北総・公団線、芝山鉄道に接続してます。直通運転で最も長い「京急久里浜線三崎口発、都営浅草線経由、京成本線成田空港行き」はなんと141.8km、2時間45分もかかるんですって!

 こんなトリビアだらけの地下鉄ですけど、一番の難関は「乗り換え」ですよね。普段使わない駅へ行くときは、路線図を見たり、乗り換え案内サイトを参考にしたりしても、けっこう難しいですよね。(^_^;)

 こんな東京の地下鉄に乗り慣れちゃえば、どこへ行ったって地下鉄には乗れちゃいますよ!ロンドンも、ニューヨークも、ボストンも東京に比べればカンタン、カンタン!

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『東京市電名所図絵』 林順信

 江東区で開催されている「都電のいる東京風景」という講座の第1回目を昨日受講しました。東京の路面電車は荒川線だけになってしまいましたが、全国では、そして全世界ではいろんな所では路面電車が活躍しているんですよね。

 1895年に京都で開業したのを皮切りに、1910年までに30ヶ所以上で路面電車が走り始めたんです。現在までの約100年の間に、路面電車は長距離鉄道になったり、廃業したり、今も走っていたり、いろんな運命をたどったんです。

 この本には、東京で走っていた路面電車の姿を描いた絵葉書や写真がたくさん掲載されています。昔は東京の観光用絵葉書というのがたくさんあったんですね。

 写真の場合は、多少着色したりしてはいますけど、実際の風景をそのまま見せてくれているのに対して、絵葉書の方はかなりいろんな物が書き加えられているんです。

 東京駅であろうと、銀座でも、両国橋でも、青い空に白い雲、そして複葉機とツェッペリンが空に浮かんでいる絵の多いこと!地上では自転車に乗る人、人力車や大八車を引く人が大勢描かれていて、都会は人が多いんだぞ!って感じが溢れているんです。

 明治時代から、多少の変化はあってもずっと存在し続けている建物って、案外ないものなんですね。関東大震災と第二次世界大戦の空襲でかなり消失してしまったということが最大の理由ですけど。丸ビルにしても、白木屋(コレド日本橋)にしても、元の姿を留めているものが少ないのは残念です。

 この本の中にも出てきますけど、東京駅って元々は3階建てで、屋根の上にドームが乗っていたんですよね。空襲で3階部分が焼けちゃったので、現在は2階建てになってます。これを元の姿に戻すというプロジェクトが進んでいるそうなので、そうなったら素敵だなって期待しています。

 そして、現在は日本橋の上にかかって景観を壊している首都高速が移動するって話もあるし。美しい東京の風景が増えるといいなぁ!

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