62 ことば・コミュニケーション

『伝える力』 池上彰

伝える力
伝える力
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池上 彰
PHP研究所 (2007/04/19)

 自分が分かっていないと、人に正確に、わかりやすく伝えることは不可能です。 (本文より抜粋)

 話すにしても、書くにしても、自分が思ったことをそのまま分かって貰うことって難しいです。(^^ゞ チョットした表現の差で違う意味になってしまったり、似ているけれど何か違うぞという伝わり方をしたり、自分の考えを相手に伝えるって実に難しいものです。

 自分1人では分かったつもりになっていても、それを誰かに伝えようと思うと、「あそこも分からない、ここも分からない」という事になって、もう一度調べ直さなくっちゃ!ということが良くあります。自分の理解度なんて結構いい加減なものなんですよね。

 難しいことを簡単に書く、話す

 この頃、会社でも世間でも、カタカナの専門用語が益々目立つようになってきました。「コンプライアンス」「リスクヘッジ」「コンテンツ」「アイテム」「CEO」。こういう言葉ばかり使って、文章を書いたり話したりする人っていますよね。あれって、結局は「~のような感じ」でしかないんです。どうしてハッキリ言わないんだろう?

 たとえば、コンプライアンスという言葉があります。これを日本語訳すると「法律を守ること」です。そう言われば、「ああ、そうか」とすぐに分かりますけど、「コンプライアンス」と言われてもねぇ。この言葉を分からない方が普通であると思うのはわたしだけでしょうか?

 これは著者の池上さんも書いてらしたけど、やたらと四文字熟語や難しい表現を使いたがるというの困りますよね。頭の余り良くない人が、頭のいい人のフリをしているだけって感じがします。やさしい言葉を使って、誰にも分かるような文章を作ることが出来る人こそが、本当に頭のいい人なんだと思います。

 話すときも、書くときも、色々と気を付けなければいけないことが沢山あります。使ってはマズイ表現とか、主語が何処にあるのかをハッキリさせるとか、技術論はモチロン必要です。でも、その根っこにあるのは「愛」なのだと思うんです。相手を思いやる気持、そこにいない人のことも尊重する気持、そういう気持こそが「言葉を伝える力」だと思うんです。

 口先だけで心がこもっていなければ、相手に伝わるものは何もありません。言葉は自分の分身です。荒んだ心から吐き出された言葉は、荒んだ言葉になります。つまらない気持で発した言葉からは、つまらなさが伝わります。

 聞いてくれた人、文章を読んでくれた人に愛が伝わるように、いつでも愛に溢れた言葉を発信していきたいものです。今日も、明日も、これからずっと・・・  All you need is love ♪ ですね!

720冊目

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『宵越しの銭』 林えり子

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 この本は、林えり子さんが明治40年生まれの秋谷勝三さんから聞き書きしたものです。秋谷さんは日本橋の白木屋(現在のコレド日本橋)にお勤めになっていて、あの有名な「白木屋の火事」に居合わせたのだそうです。そして、それまで日本になかったズロースを企画制作したのも秋谷さんなんです。

 江戸っ子の特徴と言えば「宵越しの銭は持たない」ことと、「口が悪い」こと。格好悪いことや縁起でもないことがあったら、洒落飛ばしてしまうのが大好きなんですよね。そして、もしも自分がそう言われたら、洒落で返すようじゃないと「あの人はヤボだねぇ」なんて言われちゃう。(^^ゞ

 フーテンの寅さんの口上で「結構毛だらけ、猫灰だらけ」ってのが有名ですけど、こういう言い方って江戸っ子は大好きなんですよね。「かっちゃん数の子ニシンの子」とか「みっちゃん、みちみち」とかは、わたしが子供の頃にも良く言ってましたっけ。

 「たまげた、こまげた、ひよりげた。ブリキにタヌキに蓄音機。おどろき、桃の木、サンショの木。シイタケ、ボボウにナツメの木。南天、寒天、ところてん。すべってやんちゃ、ねてやんちゃ。」(本文より抜粋)

 びっくりしたときに「おどろき、桃の木、サンショの木」っていうけど、本当はこんなに長かったんですねぇ!

 それと、懐かしかったのが「おはつ」です。秋谷さんが子供の頃、誰かが新しい服を着てきたときに「おはつ」って言いながら肩をポンと叩いたんだそうです。わたしが子供の頃は、男の子が床屋さんへ行ってくると、次の日にそれを見つけた子が「おはつ」と言いながら後頭部を叩いてましたねぇ。こういうのって今も残ってるのかなぁ?

 東京弁を使う人が減ってしまったのは悲しいですねぇ。みんな標準語になっちゃってます。「つっぷす」「ひっさげる」「ぶんまわす」「とっとと」こういう言葉も使う人が減りました。「いけ好かない」「いけしゃあしゃあ」のように、「いけ」を頭につける言いまわしも東京弁なんですよ。(「いけ=とっても」 っていう感じです)

 「ひ」と「し」がいい加減なのも東京弁の特徴。「しがし(東)の空にし(陽)が昇る」になっちゃうし、菱型は「ししがた」、表彰状は「しょうしょうじょう」。でも、こういう発音しか出来ない人も減りました。「まっつぐ」なんて言い方も最近は聞きませんねぇ。東京弁を大事にしないとね、存亡の危機です!

 「天神様へ行くのかい?この道をまっつぐ(まっすぐ)行って、豆屋の角をしだり(左)に行きゃあすぐだよ。」

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『外国人力士はなぜ日本語がうまいのか』 宮崎里司

 (質問者)日本に来ている野球の大リーガー、あまり日本語が出来ないと思うんですけど、何が違うんでしょうね。
 (朝青龍)ハングリー精神。
 (質問者)違いますか?
 (朝青龍)違うっすよ。だって日本の相撲に慣れても、日本語がしゃべれなかったら馬鹿にされてばかりでどうしようもないっすよ。(本文より抜粋)

 最近、相撲人気を支えているのは殆どが外国人力士達です。インタビューに答える彼らの言葉は実に見事ですよね。ジョークや方言も交えて話す彼らの日本語は本当にうまいなぁと思います。確かに相撲のインタビューで通訳なんて考えられませんものね。

 野球やサッカーの選手も大勢日本に来てますけど、こちらはいつまで経ってもカタコトのまま。力士たちとはまるで違います。

 相撲という競技自体が日本語で教わるものだし、部屋に住み込みで暮らす訳ですから「24時間日本語のみ」の環境ですからね。親方、女将さん、兄弟子、ご贔屓さん、近所の人達、みんなが一生懸命教えてくれるということも大事な要因みたいです。

 そして、何よりも大事なのが「モチベーション」です。強くなって出世したい → 出世したら人前に出ることが増える → 人前でキチンとした話をしたい。こういう気持ちがあるからこそ、「強い力士ほど日本語がウマイ」という公式が出来上がっていくんですね。

 こういうモチベーションは、マネしなくっちゃと思います。自分という人間をより高めていくために、姿形だけでなく考え方や言葉だって高めていかないとバランスが取れなくなってしまいますものね。

 わたしの周りにも外国の方だけど日本語がとてもウマイ人が何人もいます。彼らを見ていると感じるのは、「自分の思いを伝えたい」という気持ちの強さです。言いたいことがあるからこそ言葉を使う、言葉を覚えるということにつながっていくんだなぁと思います。

 日本人は外国語を話すのが得意でないと良くいわてるけど、話せないのは外国語だからじゃなくて、話す内容が無いからなんじゃないかな?日本語しか話せないのに、その日本語すら怪しい人が余りにも多いんですもの。

 日本語は主語が要らない言葉だから、ついつい曖昧にしがちなんですけど、主語を感じない発言って本当に多いですよね。「○○でいいや」とか「あれしようと思ってさ」なんて、これじゃ誰が何をしたいんだが意味不明ですよね。

 自分は何をしたいのか?その為には何をしなければいけないのか?そういうことを毎日真剣に考えねばと思わせてくれる本でした。

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『問題な日本語』 北原保雄

問題な日本語 - どこがおかしい?何がおかしい?

 「コーヒーのほうをお持ちしました」

 こういうセリフを聞くと「この店はこんなもんかねぇ」と思ってしまいます。「店長、チェックしてくださいよ!」なんて言いたくなっちゃうけど、店長自らこういう表現を使ってるところも多いしねぇ。

 「消防署のほうから来ました」という消火器の押し売りもあったけど、言葉の解釈ってどんどん変わっていくんだということを感じます。

 ことばが変わっていくのは自然の流れ、仲間内でしか使わない表現をしていくうちに、だんだんと広まっていくのがスラング(俗語)です。

 言葉をひっくり返してみたり、縮めてみたり、響きを楽しんでいるような言葉ってのも多いですね。「サボる」(サボタージュ)「チクる」なんてのは昔から使ってるし、最近だと「キモい」「エロい」「コクる」なんてのがありますね。

 こういうのを流行らせるのは基本的には若い子だから、そういう人達と接点がない人達にとってはピンとこない言葉なのかもしれません。

 「これって、どうよ?」「なにげに」「わたし的にはOKです」

 こういうのも段々普通になってきたような気がします。気がついたら、自分も使ってたってところですね。さすがに上司や年長者には使いませんけど、友達だったら使っちゃいますね。

 わたし的には、問題ありません。

 ところで、この本は Book Crossing で手に入れた本です。
 近日中に旅に出しますので、もし出会ったらご連絡下さいね。

Book Crossing で放流しました。もし見つけたらコメント下さいね。BCID:089-3645178

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『日本語ぽこりぽこり』 アーサー・ビナード

日本語ぽこりぽこり
日本語ぽこりぽこり
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アーサー・ビナード
小学館 (2005/02/28)

 この本の題名に使われている「ぽこりぽこり」のような擬態語のことを「オノマトペ」というんですね。onomatopee はフランス語で、英語だと onomatopoeia です。

 英語でも「トゥインクル」とか「バウワウ」とか、オノマトペはありますけど、日本語のオノマトペはもの凄く多いのだそうです。春の小川はサラサラ流れ、夏の太陽はギラギラ輝き、秋の枯葉はハラハラ落ち、冬の雪はシンシン積もる。こういう擬態語の多さというのは、日本人の感性の成せるわざなのでしょうか。

 こういうところを面白いと感じるビナードさんは、さぞかし日本語の覚えが早かったんでしょうねぇ。面白がるということが、一番身につく方法ですもの。

 擬態語を一番有効に使っているものって、マンガなんじゃないかと思います。サッ!、ギクッ!、ガーン!、ウットリ、こういうことばが斜めの太文字でよく出てきますよね。アメコミでも「バコーン!」みたいなのがよくあるじゃないですか。ある状態を強調するのに、オノマトペって有効だってことですよね。

 普段の会話でも、わたしたちは無意識にオノマトペを使ってますよね。お茶漬けサラサラ、おそばをツルツル、アイスをペロペロ、食べすぎちゃっておなかがパンパン。好きな人を見かけてドキドキ、明日は遠足なのでワクワク、仕事が忙しくてイライラ、満員電車でギュウギュウ、お風呂に入って体がポカポカ、二日酔いで頭がガンガン、オノマトペなしでは毎日の生活を表現するのは無理ですねぇ。

 みなさんも気づかれたかもしれませんが、オノマトペって同じ音の繰り返しで「ニコニコ」のように4音でできているものが多いんだそうです。

 契約書やら、正式の文書には使われることはないけれど、日常会話には必ず出てくるオノマトペの使い方で、その人らしさが出てくるのかなぁ。

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『イケズの構造』 入江 敦彦、 ひさうちみちお

イケズの構造
イケズの構造
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入江 敦彦、 ひさうちみちお
新潮社 (2005/02/19)

 イケズってどんな人だと思いますか?「皮肉屋」とか「イヤミな奴」とか、「あまのじゃく」とかって思ってません?わたしはそう思ってました。でもこの本を読んだら、かなりイメージが違ってきたんです。

 例えば、「『色の白いは七難隠す』というじゃないですか」なんて言うと、東京だったら「そうねぇ、色白で良かったねぇ」ってことになるのだけど、京都だとこうなるんだそうで。

 「そんなん七つくらい隠したかて、難が煩悩の数ほどもあったらどないしますのん。百と一つも残ってますえ」

 もの凄ーいイヤミとも取れるけど、ここまでひねって考えられるのって凄いなぁ!とも思えます。

 家宝の掛け軸を名のある目利きの人に見てもらったら、こんな評価だったとか。

 「結構なお品です。これからは門外不出にして、見せびらかしたりせず、真筆と信じ大事になさい。」

 本当のことなんだけど、ストレートに言っちゃいけないことは、こうやって表現するんだなって感心しちゃいます。鈍い人だと真意はくみ取れないんじゃないか?って表現だなぁ。イケズな会話って、かなり高度な言葉遊びをしてるんだなぁと感動すら覚えてしまうほど。

 同じようなことを言っていても、「バカじゃないの?」と「アホちゃう?」じゃ随分イメージが違うものねぇ。でも、その柔らかなことばに思いっきりきついフレーズがちりばめられるところがイケズの本領発揮ってことなんでしょうね。

 イケズの主張するところは、「そやかてホンマのことやん」ってことなんですって!そりゃそうだ!本当のことを言われて怒るような子供じみた相手には、せいぜい本当のことを言ってやれと思うってのは、とっても分かりやすい理屈だなぁ。

 京都人は言葉を「言って良いことと悪いこと」だけでなく「言って楽しいこととツマらんこと」に分類しているような気がします。

 ってところは、他の地域の人達も見習うべき考え方だなぁって思うなぁ。どうせしゃべるなら面白いことをしゃべろうって、確かにそうだよねぇ。特に政治家の皆さん、ツマらんことばっかり話していると、誰も聞いてくれなくなっちゃうよ!

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『新解さんの謎』 赤瀬川原平

新解さんの謎
新解さんの謎
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赤瀬川 原平
文芸春秋 (1996.7)

 三省堂の「新明解国語辞典」略して「新解さん」は、他のものとはまったく違う味がある辞典なんです。たとえば、新解さんは「ものの数えかた」にもの凄くこだわっています。盲導犬が一頭、恐竜が一匹、あばら屋が一軒、ナパーム弾が一発。なんでそんなものまで数えるのかってものまで数えちゃいます。

 じゃぁ「箱」について調べてみましょうか。「ひとまとめにして箱に入れ、数えるもの」なんてのがありまして。たばこ、マッチ、石鹸、ティッシュ、角砂糖、せんべい、ハム、梨、焼売、ようかん、バター、きんとん、黒豆、おこわ、確かにみんな一箱って数えます。

 けどね、こんなに一生懸命に羅列する必要があるのか?って思いません?赤瀬川さんは「きんとんだ、黒豆だ、おこわだ、これほとんど内田百聞ですよ」なんて言ってます。ウマイ!座布団一枚あげてください。

 国語辞典なんて、最近とんと開いてみたことないでしょ?うーん、一応持っているけど、学校出てから一度も開いてないなぁなんて人、かなりいると思うんですよ。たまには辞書を読書するってのも面白いカモよ?

 新解さんを持っている人は、とりあえずこの本は読んでみてください。奥深い世界があなたを(たぶん)待っていますよ。

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『似て非なる言いまわし』 現代言語セミナー

似て非なる言いまわし
現代言語セミナー
東洋経済新報社 (1997.3)

 ○目から鼻へ抜ける ←頭の回転が速く、抜け目のないこと
 ○目から入って耳から抜ける ←愚かなこと、まぬけなこと
  (本文より抜粋)

 鼻なのか耳なのか、たったそれだけの差だけれど、随分意味が違っちゃうのよね。毎日何気なく使っている言いまわしだけど、知らずに違った意味で使っていたり、間違った言いまわしをしていたりすることってありませんか?

 使い方は合っているのだけれど、分かってもらえないって場合もありますよね。それを説明するには、語源が分かっているのが一番!あら、そんな理由があったのねっていうことがたくさんあって、こういうことをどうして学校では教えてくれないのかしらん?

 わたしはこの本で初めて知ったんですけど「鼻毛を読む」という言いまわしがあるんです。この鼻毛っていうのは、女性に好意を持っている男性の鼻毛のこと。この人、あたしに気があるみたいだから、ちょっとからかってやろうかしらとか、チョット高いバッグでもおねだりしてみようかしら?なんて「男をもてあそぶ」という意味なんですって。

 「鼻毛を抜かれる」という表現もあるけれど、「鼻毛を読む」という方が、女に見くびられ、翻弄される度合いが高いんですって。バブルの頃によくいた「アッシー君」「メッシー君」は、鼻毛を抜かれっぱなしってことですね。

 言葉って生き物だから、時代の流れに従ってなくなってしまう言いまわしってのもあるんですよね。「帯に短し襷に長し」とか「袖すり合うも他生の縁」なんて言葉も、着物を着なくなった現代ではピンとこない言葉になってしまいましたね。

 「袖すり合うも他生の縁」の「他生」を「多少」だと思っている人いませんか?わたしもそう思っていました。「他生」というのは「前世」を指していて、ここで出会ったのも、もしかすると前世からの縁かもね?という意味なんですって。うーん、そういう意味だったんだ!日本語って奥が深いって思いませんか?

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『斎藤一人のツキを呼ぶ言葉』 清水克衛

斎藤一人のツキを呼ぶ言葉
清水 克衛 / 小俣 貫太監修
東洋経済新報社 (2002.9)

 幸せになる3つのコツ
  ①不完璧主義者になること
  ②人相を良くすること
  ③運に勢いをつけること

 ①完璧主義者に自分だけなるなら構わないけど、実際はそうじゃないですよね。家族や周りの人達に完璧主義を押しつけたら、それはとても迷惑!「きちんとやって!」「ぐずぐずしないで!」なんてイライラするのって、本人もイヤだし、周りの人だってイヤなもの。「もっと気楽にいこうよ」「そんなこと、どっちだっていいじゃない」って思っていれば、ずっと楽なのにね。

 ②眉間にしわを寄せて「幸せになりたい」と言っても、それは似合いませんよね。泣きながら言ってみても、やっぱり似合わない。やっぱり「笑う角には福来たる」なんですね。どんな人だって、笑うと人相が格段に良くなるしね。

 ③返事でも頼まれごとでも、スピーディーに勢い良くやることが大事なんですって。後でやろうなんて思っていると、勢いがつきません。返事は「はーい」ではなく、元気良く「はい!」。これで勢いがつくんですね。

 どれも簡単だけど、3つともできている人ってなかなかいませんねぇ。幸せっていうのは、当たり前のことができる人にだけやってくるものなんでしょうね。

 どれも自分の心がけだけでできることだから、わたしは今日から実践します!ここで宣言して勢いを付けちゃおう!

 無駄な完璧主義はやめます!

 返事は必ず「ハイ!」と言います!

 いつもニコニコ笑顔を絶やさないようにします!

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『知っているようで知らないものの数えかた』 小松睦子 ことば探偵団

知ってるようで知らないものの数えかた
小松 睦子、ことば探偵団
幻冬舎コミックス (2004.2)

 大抵のものは「1つ、2つ」「1個、2個」という数えかたで誤魔化せてしまいますが、どうせだったら正式な数えかたを知っていた方が、より大人であるってことにならないでしょうか?

 箪笥を一棹(さお)と数えることは知ってましたけど、語源は知りませんでした。昔、箪笥や長持を運ぶときに竹の棹を通して担いだからなんですって。羊羹(ようかん)、外郎(ういろう)、洲浜(すはま)のように棒状に作って切り分けるお菓子を「棹物菓子」といい、羊羹一棹というように数えるんですって。うーん、そんな風に数えたこと無いなぁ。

 お豆腐は一丁って数えますよね。「丁」は直角という意味を表すんですって。だから俎(まないた)、剃刀(かみそり)、書物の一枚などを「丁」と数えます。だからページ抜けのことを「落丁」っていうんですね。

 魚屋さんで、尾鰭(おびれ)が付いた状態で売っている魚は「一尾」ですが、それをおろしてしまうと、鮪の場合は「一冊(さく)」、鰹は「一節」(もちろん鰹節も一節)になります。お刺身は「一舟」、干物は「一枚」、目刺しやするめは「一連」、たらこは「一腹」、蛸・烏賊・鮑・蟹は「一杯」。ちゃんとした魚屋さんじゃないと、こう数えても分かってもらえなかったりして?

 尺貫法は廃止されても、間口が一間とか、日本酒一升、お米一俵なんて、いまだに使ってますよね。それは使い勝手が良い尺度だからなのだと思います。数えかたそれぞれの由縁を知るにつけ、こういうものを大事にしていかなければいけないなぁと思うのです。

 生きているときは「一人」、死んだら「一体」、遺骨は「一柱」、お墓は「一基」、自分の意志とは無関係に、数えかたはどんどん変わっていくんですね。

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『コメント力』 斎藤孝

コメント力

 皆は自分が馬鹿だと思われるのが嫌なので、少しでも賢く見られたいと汲々とするが、バカボンのパパには、そもそも頭の良さを評価されたいというさもしい根性がないから、無敵なのである。(本文より抜粋)

 ここで「カッコイイ事を言わなくちゃ!」とか「みんなから感心されるような事を言いたい!」なんて思うから、無駄な力が入ってしまい、スベッたコメントをしちゃう人って多いですよね。それ位だったら、つまらないダジャレでも言っててくれた方がまだマシ。

 バカボンのパパは、いつも率直なんです。自分が分からないことに関しては「パパには、そんな難しいことは分からないのだ!」と素直に言い切ってしまうし、「パンとごはん、どちらにしましょうか?」と聞けば、「両方食べたいのだ!」と答えてしまう。こういう素直さって、実は最強のコメントを生み出すんですよね。

 優れたコメントというのは、そのコメントが面白いということも必要だし、それ以上に、その人らしいコメントであるということが大事なんですよね。バカボンのパパは、その両方を軽くクリアしてしまってる。コメントの達人なわけです。

 わたしもパパのようにキッパリとしたコメントを言いたいなぁって思います。こんな言い方じゃ、まだまだかな?ヨシ!決めた!

 わたしのコメント力の師匠は、バカボンのパパなのだ!

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『話が面白い人のちょっとした習慣術』 高嶋秀武

 「何だか世の中って、変わっていると思わない?白人のスポーツのゴルフの世界一は黒人系のタイガー・ウッズ、黒人のものだったラップの世界一は白人だって。ヨットのアメリカズカップは海のない国のスイスが優勝。イラク問題ではフランスがアメリカに文句を言って、ドイツは戦争を嫌がって逃げ回っている。」実はこれ、ニューズウィークのジョークのページに掲載されていたものを、しゃべり言葉に直したもの。一応、世間で関心があることをテーマにしながら、今までの常識やイメージ、さらに第二次世界大戦の経緯などを踏まえ、世の中の変化の一端を言い当てている。しかも、批判精神も込められている。これぞ世間話の高等テクニック。(本文より抜粋)

 面白い話って、もちろん内容が面白いってことが大事だけど、タイミングとか、相手の趣味とか、時間帯とか、いろんなファクターにきちんと適応できるかどうかってことにかかってるわけですよね。悪い例として良くあげられるのが「結婚式の祝辞」。前の人と同じネタを繰り返す人、やたらと話が長い人、面白いと思っているのは本人だけっていうジョークを使う人。こういう人達ってきっと、他人の話なんか聞いてないんでしょうね。ちゃんと聞いてたら出来ない技だもの。

 この本にも出てきますけど、NHKのアナウンサーだった鈴木健二さんという話術の名人がいらっしゃいます。TVで鈴木さんの「スピーチについて」というスピーチを聞いたことを、ふと思い出しました。

 「結婚式などの招待された時のスピーチは、基本的にはその日の主人公についてのエピソードを1つお話しします。あれもこれもと詰め込んではいけません。所要時間は1分間、この程度の長さでしたら、つまらない話でも飽きずに聞いていただけます。」

 話のうまい方は、ムダに長い話はしないんですね。下手な人に限って話が長いんです。原稿に頭をつっこんで、聴衆の顔も見ないで話をする人って結構多いけど、あれって何なんでしょ?話を聞いて欲しいって本当に思ってるのかな?自分が喋りたいだけなのかな?

 日常会話の中では、いろんな情報を沢山持っていて、それをうまく伝えてくれる人の話はもちろん面白いですよね。逆にそういうものを知らなくて、失敗しちゃったことをネタにして話をできる人っていうのも、話のセンスがあると思うんです。
 面白い会話をするって、簡単そうで奥が深いなぁって思います。

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『あなたの話はなぜ「通じない」のか』 山田ズーニー

あなたの話はなぜ「通じない」のか
山田 ズーニー
筑摩書房 (2003/10)

 自分より高い目線から話す人物を、周囲は「自分の経験や力量さえわきまえられない人」と思う。だから、その人がいっている内容さえ、どこかうそくさいと感じてしまうのだ。(本文より抜粋)

 Make a Difference さんのブログで取り上げられていたので、わたしも気になって、もう一度読んでみました。

 全く同じ話をしたとしても、「話が通じる」「話が分かりやすい」という相手と、「話が通じない」「何を話してるのか分からない」という相手がいます。その差はどこから発生するのでしょう?

 親しい友達同士など、前提条件を説明しなくても済む相手だったら、努力しなくても意図していることは伝わります。でも、親しくない人の方が世の中には多いんです。にも関わらず、親しい友達と同じようにしか話をできない人が多いのはなぜなのでしょう?相手は自分のことなどほとんど知らないということを忘れていない?

 会話が成立するかどうかは、「自分の話を相手に分かってもらおうと思って話しているのか?」という事と、逆に「相手の話を分かろうとしているのか?」という事なのだと思うのです。

 自分の情報を相手にどれだけ伝えたとしても、それをどれだけ受け取ってもらえるかは分かりません。つき合いが長いからよく分かっているかというと、そうでもないこともあるし、初めてあったその日からかなり分かり合える人もいます。

 分かり合えるからこそ友達というのが成立します。そこには必ず共通の興味というものがあります。初めてあった人とでも、Beatles が好きとか、ラーメンが好きというような共通した嗜好が1つでも見つかると、とたんに話は弾みます。逆に、共通項が見つからないと、時間はぎこちなく、のろのろ進むんです。斎藤孝さんが提唱している「偏愛マップ」を作っていけば、大抵の人は共通項を見つけられるのだけれど、会話だけでそれを見つけるのは結構難しいんです。

 わたしが初対面の人と会ったときにいつも考えるのは、「相手は何に興味があるんだろう?」ということ。だから、なるべく質問を多くするようにしています。せっかく出会った人なのだから、少しでも相手の情報を知りたいもの。だからおしゃべりな相手だと気が楽なんです。あいづちさえうまく打てれば会話は成立するでしょ。逆に、しゃべらない人から少しでも多くの答えを引き出すのは技術がいるなぁ。でも、そういう人からうまく共通項を見つけられた時はとってもうれしいんです。

 自分に興味を持ってくれない人のことなんか分かりたくない、と思うのが人の常なのだけど、相手からもそう思われてるってことを、つい忘れちゃうんだなぁ。イカンイカン、自分勝手なわたしが油断すると出てきてしまう。わたしの話が「通じない」んじゃなく、「相手にとって聞きたくない話をしている」わたしがいるだけなんですよね。

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『言いまつがい』 糸井重里

言いまつがい
言いまつがい
posted with amazlet on 06.04.25
糸井 重里
東京糸井重里事務所 (2004/02/14)
売り上げランキング: 16,275

 「言いまつがい」ってとっても楽しい本なんです。まずは、本の形が面白い。長方形じゃないし、丸い角もあるし、これは実際に見てみると結構ショックですよ。本は長方形という固定観念が吹っ飛びます。丸い本ってのはあったけど、こういう形は初めて!

 そして肝心の中身ですけど、これまた可笑しい!!活字だけで作った「バウ!」って感じ。たった1文字が入れ替わっただけでも言葉って違う意味を持ってしまうんですね。

 単なる言い間違えじゃなく、思いこみってのが人間だれにでもあるんだなって、改めて感心してしまいます。スターバックスで、「オートバックス・ラテください」って注文する人、いるだろうなぁ、きっと。ちなみに、わたしの友達のお父さん「カフェ・テラください」って注文するそうです。

 無意識のうちに口から出てしまう「言いまつがい」って、どうしてこんなに面白いんでしょう! (^^)v

 ロッキーを見て「シュワちゃんだ」って叫んじゃう人だっていていいじゃない。あえて正解を教えてあげない方が良いような気もするなぁ。

 「エリック・クラプトン」を「エリック・プランクトン」っていう人や、「Let it be」を「エルピー、エルピー」って歌う人も世の中にはまだまだいるようで、地球のあちらこちらで「言いまつがいを叫ぶ」って、なんだか幸せが満ちあふれてるような気がしちゃう。

 わたしが一番好きな「言いまつがい」は、「不幸のズンドコ」です。ドンゾコとズンドコって確かに似てるけどねぇ、この一言で立ち直れちゃうような気がします。(#^.^#)

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