『メタボラ』 桐野夏生
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桐野さんの本を手にする時、どんな女が出てくるんだろう?と期待が膨らむ。悪い女、ひがみっぽい女、醒めた女、焦る女。若くても歳を取っていても、女ってみんな腹黒い!
キレイに化粧するのも、ブランド物を買い漁るのも、エステに通うのも、ヨン様に熱を上げるのも、みんな根っこの所は同じ。だって女なんだもん!
この短編集にも、いろんな女が登場する。なんて嫌な女なんだろうって思いながらも、その女がまき散らす毒をわたしも持っているってことに気が付く。
どうして女って悪口が好きなんだろう?「ねぇ、知ってる?あの奥さん実は○○なのよ!」「此処だけの話だけど、お隣のご主人××しちゃったらしいの!」どこへ行ってもこんな話ばっかり聞こえてくる。
タイトル作のアンボス・ムンドスに出てくる小学生達だって、もう立派に意地悪な女になってるものね。
満たされない心の隙間を満たすために、「わたしは被害者」という妄想に捕らわれてしまっている人って、とっても多いと思う。その負の力が、更に満たされない状態を呼ぶんだろうなぁ。それに気が付かないまま過ごす一生なんて、冗談じゃないよね!
桐野さんが描くダークな女の世界って、怖いんだけど目が離せないって感じ。
ごく普通の生活の中にある悪意って、他人のには気付くけど、自分のには気付かないって所が怖いのよね。何かの拍子にその悪意が増幅すると、もの凄いことになるんだろうなぁ。
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この作品は桐野さんがすばる文学賞に応募して、最終選考まで残ったものに加筆したものです。手を加えたとはいっても、若々しい文章には新鮮さを感じます。
舞台はバブル寸前の浦安です。ディズニーランドができて、新しいマンションが沢山建ち、昔からの漁港だった浦安が段々と開発されていったあのころ。漁業権を売って新しい街に移り住んだのだけど、もう一つしっくりこない家族が物語の主人公です。
せっかく新しいマンションに住んでいるのに、夢に描いたようなマンションライフが送れない。それどころか、この新しい街になじむことさえできないもどかしさが、そこかしこに溢れています。
今日(2月1日)の日本経済新聞夕刊に、桐野さんのインタビューが掲載されていました。
70年安保やオイルショックのごちゃごちゃした時代に青春を過ごしたせいか、格差や差別には敏感なんです。~中略~ 女に限らず「割を食う人」に興味があるんです。きれいに言えば弱者。今の世の中で割を食っているのが誰かといえば、若者です。(紙面より抜粋)
この小説の主人公である家族も、確かに「割を食っている人達」でした。そんなハズじゃなかったのに、気が付いたらマイノリティになっていたということに、気が付かないうちはまだ幸せだけど、気が付いた瞬間から人生を投げちゃったり、身勝手になってしまったり、どうしていいか分からなくなると人間は思いもよらぬ行動を取ってしまうものなんですね。
現在の作品と比べればかなりソフトな文章ですが、心の中にある「漠然とした不安」というものの描き方はさすがだなぁと思います。みんな自分だけが置いて行かれたような気持ちでいるけれど、頑張って普通であるようなフリをしている世界。実はみんな同じなんだってことに気付かずに、それぞれがモンモンと悩んでしまっている世界、それが現代なのでしょうか?
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59歳にして夫に先立たれ、どうして良いか分からない関口敏子さん。遺産相続で子供たちと揉め、これまで知らなかった夫の裏の生活を知り、これまで専業主婦でいかにのんびりと暮らしてきたのかを思い知らされます。
こういう人って世の中にはたくさんいるんでしょうね。敏子さんも最初はそうだったように、人のいうなりになっていろんな事を決めてしまって、後で冷静になってみれば「なぜわたしはNO!と言えなかったんだろう?」なことばかりなんてイヤですよね。
敏子さんは夫がいなくなったことで、初めて自我に目覚めたってことなんでしょうか。全ての優先順位が夫やら子供やらにあって、自分は後回しっていう習慣になっていたんでしょうね。何をしても良いんだという立場になって、じゃぁ自分は何がしたいのかって考えてみても、何にもないっていうのは余りにも悲しいなぁ。
敏子さんと同年代の人達が何人も登場してきますけど、60歳定年っていうのは大きな節目なんだなって考えさせられます。定年退職して満員電車に乗らなくても済むようになったのは嬉しいけど、これまで会社で過ごしてきたのと同じ長さの時間をどう使って良いか分からない男性って多いんだろうなぁ。
それに付き合わされる奥さんからはブーブー言われるし、だからといってどこへいっていいか分からないしね。じゃぁ旅行へ行こうかといえば、「あなたより友達と行きたい」といわれてしまうし。共通の趣味があるとか、お互いの自由を尊重するとかってことがないと、老後って辛そうだなぁって思います。
こんな暗くなりそうなテーマを扱っていても、桐野さんの世界は面白い方へ広がっていきます。子供たちとケンカしてプチ家出をしてしまったり、すてきな人にときめいてみたり、友達がアルツハイマー症じゃないかと心配したり、息子のお嫁さんと不思議な共感を持ったりしていきます。
そうなんですよ、歳を取っていても新しい経験って色々できるんですよね。自分でブレーキを掛けているからできないだけで、本当は何だってできるんですよ。今まで着たことのない色の服を買い、行ったことのない場所へ出かけ、初めて会った人と会話を交わす。そんな小さな冒険だったら、いつでもできるじゃないですか!
人の心理を描くのがうまい桐野さんですから、この作品でもいろんな心理戦が展開されるんですけど、今回は大人しく見える人の腹の内ってのが見事に描かれています。けっこうみんな腹黒かったり、意地悪かったりってところが、みんなそうなんだよねぇなんて気持ちになってきます。
桐野さんの描く世界って、不思議なリアリティがあってやっぱり好きだなぁ!
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この小説は、あの新潟の少女監禁事件を元にしたものなのだけど、桐野さんの想像力は全く別の事件を作り出している。人間の悪意を描かせたら天下一品の桐野さんだが、この作品では被害者の心理が見事に描かれている。
犯人との生活はもちろん辛いものだったろうけど、実はその後の方が大変だったんだろうなと思えるストーリーが展開されていく。事件に食らいつくマスコミ、興味本位で近づく人々、遠くから指を指す人。そんなプレッシャーから逃れるには、過去を消すしかなかった彼女。
この主人公の少女は犯人の男に生活を拘束されたのだけど、たとえ家庭にいたって、拘束されているような生活をしている子供ってかなりいるんじゃないだろうか。子供には拒否権がないということに気付かない親、そして教師、見えないところで病んでいる子供。
残虐な生活をしているってことに気付かずにいる人って、案外多いんじゃないかなぁ。家庭や学校や職場で、心休まらぬ生活をしている人ってかなりいるでしょ。ストレスでノイローゼになったり、体をこわしたり、頭が痛かったり、思考停止してしまったり。
残虐記は決して特殊な話ではなくて、そこにもここにもある話であるような気がしてきたのです。
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桐野さん初のエッセイ集です。ご本人はエッセイは不得意とおっしゃってますけど、いやいやそんなことはありません。パワー全開の文章を読むことができます。
この本の最後に納められている「白蛇教異端審問」は、桐野さんの作品「柔らかな頬」や「顔に降りかかる雨」などに対する心ない批判や、書評に断固として戦う姿勢を貫いた文章です。批判的な批評を書いた相手の実名を出して徹底抗戦しています。
女性が探偵になることを「雇用機会均等法的」に捉えるのは間違いだ。そう捉えてしまったなら、女性探偵の作る物語は近代の枠組みから抜け出すことができないではないか。私はそんな退屈なものを目指したのではない。(本文より抜粋)
女性がハードボイルドを描けるわけがないなど、何かというと「女だから」という相手に対して、「放っておけばいいじゃない」と言われても、そうはできない桐野さんは実にハードボイルドな人だと思うんです。
村野ミロをはじめ、彼女が描く主人公の女性達はみな、何か重いものを引きずっていて、でもどこか醒めていて、男なんかアテにしたってしょうがないのよって雰囲気が漂っているんですよね。
男にうまく媚びることができれば、楽に生きられるって事はわかっていても、そういう選択はしない、それが桐野流のハードボイルドだと思うんですけど、こういうのって、分からない人には分からないんだろうなぁ。
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雨降りだからミステリーでも読みましょうか。
この話の加害者はフツーの主婦だってところが怖いですね。
そんな大それた事をしそうにない人たちが、突然とんでもないことをしてしまう。よく、ニュースでも聞くじゃないですか。「そんなことするような人には見えませんでした。」ってね。人間追い込まれると、ここまで思い切ったことができちゃうんだってことですよね。
普段は理性とか常識が邪魔してできないことなのに、何かのきっかけでそのカセが外れると、できるようになってしまうんですね。自分の可能性に自分でブレーキをかけてしまっているって、つまらないことです。
「できない」のと「やったことがない」のは違うことなんだって、この小説は教えてくれているような気がします。でも、実際にまねしちゃダメよ!
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