『ハヅキさんのこと』 川上弘美
この短編集が面白いのは、すべてフィクションでもないし、かといってすべてが本当のことでもないということです。物語の入口はまるでエッセイのような雰囲気なので、「フーンそういうことがあったのか」なんて思いながら読んでいると、アレレ?小説だったんだ!となってしまうところがいいんですよ。
書いてみると、エッセイの体裁をとった小説は、たいそう体質に合っていた。エッセイという名の文章の、すべてが「本当」ということはありえないはずなのに、「本当」をちょっぴりでも書かなければという意識がめばえたとたんに、書きにくくなる。「小説だ」と思えば、なんともないのだ。ぜんたいに、バカ正直なのか、それともしんからのうそつきなのか、よくわかならい話ではある。(あとがきより抜粋)
本当だかウソだか分からないというところが川上さんの持ち味だから、余計に何だか分からなくなってくるのだけれど、その何だか分からないところが心地よいのだから、こういうスタイルって川上弘美ファンにとってはウレシイわけですよ。
「ネオンサイン」、「かすみ草」「森」など、40代の女性の気持ちを描いた作品を読んでいると、「ああ、分かるなぁ!」という気持ちになってくる。わざわざ大きい声で言うほどのことじゃないけど、でも小さい声でブツブツといってみたいような「小さなわだかまり」みたいなものが、誰にもあるんだなぁって思えてくるところがうれしい。
「床の間」「デイジー」のような、学生時代のことを思い出す物語も、友達の話を聞いているような気持ちで読んでしまった。「あの頃は、そんな感じだったよね」「いつもみんなが集まる場所ってあったよね」なんて、思わず返事をしたくなるような、そんな気持ち。こういう気持ちになれる川上さんの物語は、とっても心地よいんです。
本当のようなウソ、ウソのような本当、どちらが正しいとかじゃなく、どちらが面白いか?どちらが楽しいか?それが大事なんだよねと、川上さんに囁かれているような、そんな一冊でした。
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ハヅキさんのこと
川上 弘美
ページ数が7から8ページの26の短編集。川上さんいわく「エッセイの体裁をとった小説」すごく心地いいです。これは文庫になったら手元に置いておきたいなって思う本でした。
主人公の年齢が高めなのがすごく興味深かった。今の私には「ふーん」「へぇー」「そうなんだぁ」って感じですが、十数年後にはこういう心境になっているのかもしれない、十年後にこの本を手にしたら共感する部分がたくさんあるのかもしれない。そんな事を想いながら読みました。そんな興味深かった話を忘れな... [続きを読む]
川上さんの話ってホントと嘘の境目が曖昧なところが魅力的ですよね。
私も「森」「ネオンサイン」「かすみ草」が印象深かったです。
投稿: なな | 2006年12月 4日 (月) 19:17
ななさん☆こんばんは
40代だからこそという作品が多くて、同年代のわたしにとって「それって、あるかも」と思えることが多かったです。
嘘かマコトか?なんともいえないところが大好きです。
投稿: Roko | 2006年12月 4日 (月) 23:57