『幻の東京赤煉瓦駅 新橋・東京・万世橋』 中西隆紀
中央線御茶ノ水駅から神田へ向かうとすぐに、下り坂になります。ここから新橋までの5.3kmの赤煉瓦の高架が続きます。
このラインに沿って、万世橋駅(明治45年)、新橋駅(大正3年3月)、東京駅(大正3年12月)の順で、3つの大きな赤煉瓦の駅が作られました。万世橋と新橋駅は大正13年の関東大震災で壊れてしまいました。
赤煉瓦の駅として今でも残っているのは東京駅だけとなってしまいました。現在、2011年完成予定の改修工事が行われています。
大正3年の建築当初は3階建てだった東京駅ですが、第二次世界大戦の空襲(昭和20年5月25日)を受けて3階部分が焼け落ちてしまったのです。懸命の復旧の結果、2日後の5月27日には運行を再開したというのは凄いです!
しかし駅舎の改修にはかなり時間がかかり、昭和22年3月に2階建てとしての修理が完成しました。その後、高層建築にしようという計画案は何度もあったそうですが、その度に回避され、現在まで東京駅は赤煉瓦の駅として生き続けてきました。2階建てになって60年たった今、元の3階建てに戻す工事が行われているのです
この本には、わたしの憧れの駅、万世橋駅についての記事が数多く書かれており、とても嬉しくなってしまいました。その中でも特筆すべきなのが、万世橋駅2階にあったレストラン「みかど」の存在です。ここで芥川龍之介と谷崎潤一郎が会食をしたというのが、芥川の「餓鬼窟日録」という日記に書き残されているのだそうです。
また、わたしが大好きな内田百閒先生もここを訪れた事があったようです。どんなレストランだったのかなぁ?
高架の土台として赤煉瓦が選ばれたのは、騒音が起きにくいからなのだそうです。シカゴの地下鉄(フレンチ・コネクションの舞台になってました)のように鉄骨で高架を作ると、列車が走ったときの音が物凄くうるさくて、下で銃撃があっても分からない位なのだそうです。
東京の街がどんなに変わっていっても、赤煉瓦の建造物がずっとこのままの姿であって欲しいものです。
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