ブログ内検索


  • ダメでもいいからやれ。
    体験もしないでお前ら、
    すぐに「ダメだ」って言うのは、
    学校で聞いただけの話だろう。
    やってみもせんで何を言っとるか
    (by 本田宗一郎)

読書Love!

  • 本が好き!
  • NetGalleyJP
    プロフェッショナルな読者
    グッドレビュアー 100作品のレビュー 80%

« 我は勇みて行かん~松本幸四郎“ラ・マンチャの男”に夢を追って | トップページ | 『日本人の知らない日本語3 祝! 卒業編』 蛇蔵 海野凪子 »

『僕は君たちに武器を配りたい』 瀧本哲史

僕は君たちに武器を配りたい

瀧本哲史(たきもと てつふみ)

講談社

コモディティ化とは〈市場に出回っている商品が、個性を失ってしまい、消費者にとってみればどのメーカーのどの商品を買っても大差がない状態〉のことをいう。これはなにも商品だけの話じゃない。人材評価においても同じだ。コモディティ化を避けるためには、ほかの人には代えられない、唯一の人物「スペシャリティ」になることだ。(本文より)

 他の人との差をつけるために勉強しなければ!というのが世の中では当たり前になっています。その考え方自体は正しいものだと思うのですが、どのような勉強をするのか?という点については、もう一度考え直さなければいけない時期に来ているようです。

 

「英語・IT・会計」は人に使われるための、「奴隷の学問」

 この言葉に、ゾクっとしました!

 こういう勉強は会社勤めをする為に便利なスキルなのであって、これができるからビジネス能力があるって訳じゃないんですよ。そこを勘違いしちゃいけないです。

 ある仕事をするためには、どんな技術が必要なのか?が理解できていれば、すべてを自分でやる必要はありません。それが得意な人にやってもらえばいいんです。

 大事なのはアイデアを生み出す力です。それなしには、何も始まりません!

 

「リベラル・アーツ」は人類の歴史や、哲学、芸術、文化、自然科学全体について勉強する。言わば、生きていく上での教訓を学ぶ、「自由人の学問」。

スキルがないことよりも、教養がないことの方が、人間としての深みや質に、大きく影響していると感じています。

 「スペシャリティ」の本質とは、この教養の部分なのだと思います。学校のテストでいくらいい点を取れても、どんな資格を持っていても、教養(リベラル・アーツ)がない人には魅力がないものです。

 教養を磨く、センスを磨く、心を磨く、一朝一夕には変わることができない部分だからこそ、日々の積み重ねの差は大きいのでしょう。

1427冊目(今年68冊目)☆☆☆☆☆

« 我は勇みて行かん~松本幸四郎“ラ・マンチャの男”に夢を追って | トップページ | 『日本人の知らない日本語3 祝! 卒業編』 蛇蔵 海野凪子 »

日本の作家 た行」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『僕は君たちに武器を配りたい』 瀧本哲史:

« 我は勇みて行かん~松本幸四郎“ラ・マンチャの男”に夢を追って | トップページ | 『日本人の知らない日本語3 祝! 卒業編』 蛇蔵 海野凪子 »