『激動東京五輪1964』 大沢在昌 ほか
- 不適切な排除 大沢在昌
- あなたについてゆく 藤田宜永
- 号外 堂場瞬一
- 予行演習(リハーサル) 井上夢人
- アリバイ 今野 敏
- 連環 月村了衛
- 陽のあたる場所 東山彰良
この7作が収められているアンソロジー集です。
1964年に開催された東京オリンピックがテーマとなっており、当時のことを振り返るものもあれば、まさにオリンピック開会式当日の物語もあり、オリンピックに多くの人が心惹かれていた雰囲気が伝わってきます。
外国人が大勢日本にやってくるということで、新幹線や首都高速道路ができ、広い道路が通り、日本がこれから大きくなっていくんだという期待に満ちた時代でした。
そして、いくつかの物語で登場する夜の街に暗躍する人たちのことも、何故だか懐かしく思えてしまうのです。こういう人たちもまた、昭和という時代を支えてきた人だと思えるのです。
1964年、わたしは小学校1年生でした。毎日学校でオリンピックをTV観戦していました。家に帰ってきても、オリンピックばかり見ていたような気がします。でも、具体的に覚えている場面は意外と少ないのです。
体操女子のチェコ・スロバキア代表のベラ・チャフラフスカが美しかったこと。マラソンのアベベが走り終わっても、全然ゼイゼイしていなくて軽く体操までしていたのに、その後に入ってきたヒートレーと円谷はテープを切った直後に崩れ落ちていたこと。
水泳男子はドン・ショランダーをはじめとするアメリカが圧倒的に強くて、表彰式をみているだけでアメリカ国歌のメロディーを覚えてしまったこと。
女子バレーボールのソ連の選手はみな髪が長くて、きれいだなぁと思っていました。東洋の魔女はその時に覚えたというよりも、後日何度も流されたビデオで記憶に残ったような気がします。
市川崑監督が撮った東京五輪の記録映画も観に行きました。この映画で記憶に定着したことも多かったような気もします。
2020年の東京五輪は、1964年の時よりもずっと規模は大きくなりますけど、あの時に感じていた心から嬉しいという感じはずっと薄くなっています。それは、スポーツとしての五輪ではなく、ビジネスとしての五輪が鼻についてしょうがないからなのかもしれません。
1423冊目(今年81冊目)☆☆☆☆
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