『羊と鋼の森』 宮下奈都
才能があるから生きていくんじゃない。そんなもの、あったって、なくたって、生きていくんだ。あるのかないのかわからない、そんなものにふりまわされるのはごめんだ。もっと確かなものを、この手で探り当てていくしかない。(本文より)
高校の体育館に置いてあったピアノを調律しにやってきた人がいた。その作業を見つめていた外村くんは、ピアノを調律する人に魅せられてしまった。それまで、何をしたいとか、何が欲しいとかという気持ちとは縁がなかった彼が、この時変わった。調律師になりたいと本気で思った。そして、目の前にいた調律師の板鳥さんに「弟子にしてください」と言っていた。
僕は弟子をとるほどのものじゃないけど、君がそんなに調律師になりたいなら、専門の学校があるからそこへ行きなさいと教えてもらった。そして、ピアノの調律師の専門学校へ進み、必死に勉強し、ピアノの調律をする会社へ入ることができた。
学校で教わったことは、あくまでも基本的なことだけとは分かっていても、実際に様々な場所のピアノと対面すると、いろいろな分からないことにぶつかる。ピアノ自体の状態だけでなく、置かれている場所、部屋の構造、床、壁、カーテン、いろんなファクターで音が変わってしまう。
そして、調律を依頼する人の求める音というのが実に難しい。明るい音、やさしい音、華やかな音、などと言葉で言われても、その希望に沿った音が作れているかどうかは分からない。やり直しといわれることもある。他の人と変わってくださいと言われることもある。
自分の調律を気に入ってくれる人もいるけれど、いつでも何かが不足しているんじゃないかと不安がよぎる。調律の技術を磨くだけでなく、ピアノ曲を毎日聞き、良い演者がいると聞けばコンサートへ足を運び、調律という仕事にどんどんのめり込んでいく外村くん。
最初のシーンから、いきなりグイっと引っ張り込まれるような気持ちがして、すっかり外村くんに感情移入して読み続けてしまいました。ピアノの音がずっと聞こえてくるような、素晴らしい作品でした。
1438冊目(今年96冊目)☆☆☆☆☆☆
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