『凪に溺れる』 青羽悠
夏佳(なつか)は転勤族の子だから、何年かに一度引越しをして転校する生活が当たり前のものになっていた。少しなじんできたかと思うとまた引越し、だから、クラスの中でなじむとか、友達を作ろうとかということには積極的にはなれなかった。でも水泳だけは続けてきた。憧れの選手の様に泳ぎたくて、部活のない日も毎日自主練をしていた。
彼女のクラスに霧野十太(じゅった)という転校生がやってきた。自分が転校してくるのは毎度のことだけど、自分が転校性を受け入れるのは初めてで、彼に興味を持った。十太はギターの練習場所を探しているというので、自分が自主練をしているプールサイドでならいいよと告げた。その日から夏佳と十太は毎日プールでそれぞれの練習を続けた。
十太は高校でも大学でもギターを弾いていた。彼には間違いなく才能があった。そして、彼の音楽に惹かれる人がいた。
音楽の才能って残酷だなと思うことがある。もの凄く才能があるけど、人間関係で上手くいかなくなる人もいるし。ひとりでは大したことがなくても、誰かと組むことによって上手くいくこともある。アマチュアでやっている分にはいいけれど、プロになりたいと思ったとたんに家族から反対されたり、プロで上手くいったからといって、それがずっと続くわけでもない。
でも、音楽をやりたい!音楽と共に生きたい!という気持ちを持って生きている人は大勢いる。楽しいから続けている人、楽しいというだけではない気持ちを抱えている人、でも、音楽がなくては生きていけない。
十太は言葉は少ない人だけど、その音楽は饒舌。そういう人もいる。音楽は彼の人生のすべてだけど、それだけない何かが欲しかったのかもしれない。
十太の曲は人の心を動かした。聞いた人を幸せにした。十太は幸せだったのだろうか?少なくともギターを弾いている間は幸せだったんだろうな。それ以外の時間は、十太はどう生きていたのだろうか?
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