『ぼくの命は言葉とともにある』 福島智
私が最もつらかったのは、見えない・聞こえないということそれ自体よりも、周囲の他者とのコミュニケーションができなくなってしまったということです。私から声で話すことはできました。しかし、相手の返事が聞こえず、表情も見えない私には、会話をしようという意欲さえなくなっていきました。コミュニケーションとは、双方向的なものなのだな、とそのとき理屈抜きにつくづく実感しました。もう一つ強く実感したのは、人間には、空気や水や食べ物と同じように、コミュニケーションが生きる上で不可欠なものなのだな、ということでした。私がこうした絶望の状態から抜け出せたのは、母が偶然思いついた「指点字」という会話方法、点字の仕組みを応用して指先でタッチするコミュニケーション手段のおかげでした。(本文より)
福島さんは9歳で失明、18歳で聴力も失いました。目が見えないだけだった頃は、音楽や落語など耳で楽しむものが大好きだったのです。本を読んでもらったり、おしゃべりしたり、自分の生活が不自由だということはあまり気になっていなかったそうです。
しかし聴力も失った時、これからどうやって生きていけばいいのだろう?と悩んだのです。この状態では誰ともコミュニケーションが取れない!
でも彼は幸運だったのです。お母さんがこうやれば話ができるんじゃない?と思いついた「指点字」のおかげで会話が可能になったのです。このおかげで、指点字の通訳者さえいれば、誰とでも話ができるようになった彼は、俄然前向きになりました。大学へ進学しようと決め、都立大学へ入学しました。これは盲ろう者として初です。現在は東京大学の教授としてバリアフリーの研究をしていらっしゃいます。
福島さんは読書が大好きで、特にSFがお好きだそうです。自分の「見えない・聞こえない」という環境をSF的だと考えているのだそうです。小松左京さんの大ファンで、実際にお会いしてそんな話をしたそうです。自分の作品をこういう人にも読んでもらっていた。自分の作品が誰かの生きる糧になっていたということが嬉しかったと泣いていらっしゃったそうです。
福島さんのメンタルの強さの根源は、そういう想像力の豊かさなのかなと感じました。
孤独は人を殺します。誰とも話ができない、誰とも触れ合えないという環境は心に重大な病を運んできます。ことばを伝える。ことばをもらう。それこそが人間が人間であるために最低限必要なことなのです。
ひとりぼっちで人間は生きていけません。誰かの力を借りて、誰かに助けてもらって、やっと生きていけるのです。そんなことを強く感じた本でした。
1961冊目(今年266冊目)
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