『カーボン・アスリート 美しい義足に描く夢』 山中俊治
義足をつけて走るランナーの姿を見たことがありますか?
スキー板を曲げたような形をした金属の義足をつけて陸上短距離の記録を数多く更新してきたビクター・ピストリウスの話からこの本は始まります。
生まれつき両足に障害があったビクターは両足に義足をつけて走るランナーです。彼は記録をドンドン書き換え、健常者の記録に迫るタイムを出すようになったのです。パラリンピックでは無敵の彼が一般のレースに出たいという意思を表明した所、陸上競技連盟は足に器具をつけて競技に参加してはいけないとルールを変えたのです。
一口に義足と言ってしまいますけど、障害はそれぞれ違います。ですから、義足はオーダーメイドで作られます。共通部分は量産できますが、足にフィットさせる作業は手作業で、かなりの熟練を要する技術なのです。おのずと価格も高額になります。
義足は足に直接つけるものですから、肌と接する部分が合っていないと痛みがあったり、傷ができたりします。そして、ぴったりと合った義足をつけたとしても、ちゃんとした指導を受けなければ、立つことすらままならないところからトレーニングがスタートするのです。
膝が残っているかどうかも、義足の形状を大きく変えます。膝となる部分の構造はとても難しくて、これまで多くの開発者が苦労をして使いやすいものを工夫してこられました。
片足だけ義足なのか、両足義足なのかも大きな違いです。両足義足だとクラウチングスタートができないし、ただ立っているということもできなくて、常にバウンドしている状態でいなければならないということを初めて知りました。
そして、器具を長時間使うと体に負担が大きいので、短い練習時間で成果を上げるという必要性があるということも初めて知りました。こういうことを知らないから、不要な悪口を言う人も現れてしまうのでしょうね。
陸上競技用義足が現在のような形になったのは、それをデザインした人たちの意図もありますが、実際に使用する競技者たちの意見も多く取り入れられているのだそうです。これまでの概念に囚われないものを作ってくださいという声に背中を押されて、より良いものを作りだせるようになったのだそうです。
これまでの日本の義足は歩ければいいという観点しかなく、見られて美しいとか、本人が付けたくなるデザインというようなことを全く考えていなかったのです。著者の山中さんは、デザイナーという立場から、美しく、機能も高い、つけた本人のモチベーションが上がるようなデザインの義足を作りたいと頑張ってらっしゃいます。
以前、わたしの友人が片足が不自由になって杖を選んだ時に、色が綺麗だからイタリア製の杖を買ったんだよって自慢していたのを思い出しました。その杖はきれいなブルーで、手でつかむところのデザインもちょっと洒落てて、ステキだなと思ったことを思い出しました。
義足だけでなく、車椅子も、杖も、そのほかの装具だって、そういう考え方で作られたものが増えたら、障害があっても外に出たいという気持ちの助けになるのではないでしょうか。そしてスポーツに挑戦しようとする人も増えるでしょう。すべての人が人生を楽しめるようになるために、カーボンアスリートたちの存在を多くの人に知って欲しいと思いました。
科学道100冊 2020 で見つけた本です。
1960冊目(今年265冊目)
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