『春を待つ』 松下隆一
光永は子どもを無くしたのをきっかけに離婚してひとりで暮らしています。久しぶりに別れた妻に会うために会津若松にやって来ました。駅を出てから寄り道をしていたところで、ひとりで歩いている少年、健介に出会います。家出少年のようだけど、どうもわけありのような雰囲気が気になって、ふたりで妻の実家へ行くことになったのです。
久し振りに会った妻、佳苗は酒臭くて、家の中はゴミだらけ。精神に問題がありそうに見えました。けれど健介と話をすると様子が随分変わってきたのです。亡くなったはずの子どもが帰ってきたと勘違いしているのかもしれません。
放射能を撒き散らし、人の住めない町にして、子どもが外で遊べないような土地にしておきながら、舌の根も乾かないうちに、もう収束したと言って原発を稼働させる。脱原発などと言っていた政治家は、国民の関心が薄れると次の問題に飛びつく。到底実現できないくせに原発即時撤廃などと調子のいいことを言い募り、票を集める。賛成するものも反対するものもうそつきだと光永は思う。
大丈夫だ安全だというものはすべて、原発のある町に住むがいい。水俣病が明らかになった時、そんな事実がないというのなら、毎日阿賀野川の水を飲み、そこで摂れた魚を食ってみると思った。毒を垂れ流した会社の責任者も、証拠がないと言う政治家や役人たちも、誰ひとりとしてわが身をもってその証を立てたものなどいなかった。それができないのは、嘘をついているのと同じであった。(本文より)
水俣病の両親を介護しているのに、その病気のために周りから差別された子供時代を過ごしてきた光永。幼い子どもを亡くして、その責任に押しつぶされ続けている佳苗。震災で父親を亡くし、母と再婚した父と3人暮らしだったのだけど、母もなくなって継父に虐待されていた健介。それぞれが苦しさを抱えて生きてきました。
そんな3人が一緒に食事し、生活を共にするうちに、不思議な情が生まれてきたのです。バラバラな3人だったはずなのに、家族としてのぬくもりを感じるようになり、この生活がずっとは続けられないのはわかっているけれど、このままでいたいという気持ちが湧いてきたのです。
偽りの家族なのに、お互いを必要としているのがわかるから、このままウソをつき続けられないかと悩むのは切ないですね。このままでは誘拐になってしまうかもしれないし、かといって健介を家に帰したらどんな目に遭うかわからないって、八方ふさがりじゃないですか。こんな時、誰に助けを求めればいいのでしょうか。
どうしていいのか分からない3人のことを思うと、切なくて仕方ないのです。
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