『夜中の薔薇』 向田邦子
「童は見たり野中の薔薇♬」という歌詞を「夜中の薔薇」だと思い込んでいた子どものころの記憶がこの本のタイトルとなっています。「眠る杯」もそうでしたけど、こういう聞き違い、思い違いは人生の中に沢山あります。そんな、ちょっとした気づきを向田さんは見事な文章にして残しているのです。
「手袋をさがす」という作品の中に、寒い冬だというのに気に入った手袋がなくて、でもポケットに手を突っ込んで隠すのも嫌で、かじかんだ手をしている彼女に「そんなことでは女の幸せを逃すよ」と、やせ我慢はよくないよと助言してくれた人がいたのです。普通の女性だったら「そうなのかなぁ」と思いそうなところですけど、向田さんは逆に確信してしまうのです。自分はそういうことを良しとする人間ではないと。
私は「清貧」ということばが嫌いです。
それと「謙遜」ということばも好きになれません。
私のまわりには、この言葉を美しいと感じさせる人間がいなかったこともあります。少しきつい言い方になりますが、私の感じを率直に申しますと、
清貧は、やせがまん。
謙遜は、おごりと偽善に見えてならないのです。
(手袋をさがす より)
この文章が書かれたのは1976年、今から45年も前のことです。当時こういうことを考え、文章にした人がいたということを知って、わたしは驚いています。当時も今も、日本には同調圧力という目にみえない圧力があって、それに押しつぶされている人がホントに大勢います。世の中がそうだから、自分の方が合わせなければならないと思い込まされているからなのですよね。
無理して合わせたところで、嫌なことは嫌、嫌いなものは嫌いなんだから、ということをみんなが気付いたら、無駄なストレスがなくなるのになぁと思います。
向田さんが描く世界は、シナリオも、小説も、随筆も、すべてが向田さんが好むものであり、「あなたがたは、もっと自由に生きていいのよ」というメッセージだったのだなと、今更ながらに気がついたのです。
「寺内貫太郎の母」で語られる女たちの生きざまも、なんだか生き生きとしていて、年をとっても口の減らない老婆というのもなかなかじゃないと思えました。残念なのは、向田さんがそんな老婆になる前にお亡くなりになってしまったことです。お金ばあさんの歳になった向田さんの随筆を読んでみたかったなぁと思うのです。
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