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『本と図書館の歴史』 モーリーン・サワ

本と図書館の歴史 ラクダの移動図書館から電子書籍まで
The Library Book: The Story of Libraries from Camels to Computers

モーリーン・サワ Maureen Sawa 文

ビル・スレイヴィン Bill Slavin 絵

宮木陽子、小谷正子 訳

 最初のころの本は現在のような形ではなくパピルスに手書きで字を書いて丸めたものでした。それでは中に何が書かれているかが分からないし、収納するにも場所を取ります。そこで現在のような紙を折って背で綴じるという形に進化しました。

 紙が発明されたのは中国でおよそ2000年前頃だそうです。その紙が西暦700年ころにウズベキスタンに伝わり、それがヨーロッパに伝わったのは西暦1000年ころ。つまり西洋での紙の本の歴史は1000年ほどということになります。

 活版印刷が生まれるまでの長い間、本は手書きでした。元となる本を書き写すことでしか本を増やすことはできなかったのです。ということは、それだけ本は貴重なものであったわけです。

 グーテンベルクの活版印刷が生まれたのが500年ほど前、ここから本の大量出版が始まりました。

1638年にアメリカのマサチューセッツ州ケンブリッジ市のジョン・ハーバード牧師が、創立間もない地方大学に400冊の蔵書を送りました。当時の世界では、400冊は個人の蔵書としてはかなりの数でした。大学の理事はこれに深く感謝し、敬意を表して、校名をバーバード大学としました。数十年後、同じアメリカのコネチカット州の10の教会の指導者が同州に新設された学校に蔵書を送りました。この学校はやがてエール大学となります。(本文より)

 アメリカの大学の歴史はここから始まるのですね。こういう話を初めて知りました。

1847年にスコットランドからペンシルベニア州のピッツバーグに入植した10代の若者、当時ペンシルベニア鉄道の事務員で電信技手だったカーネギーは、地元の職業学校と実習生用図書館を頻繁に活用しました。

 カーネギーはこんな言葉を残しています。

「図書館がわたしに世界の知的財産への扉を開けてくれたのです」

「地域社会に貢献する最善の方法は、意欲的な人間がよじ登れるように、その手のとどくところにはしごをかけることだ」

 カーネギーは財産のほぼ80パーセントに当たる30億ドル近い金額を寄付して、世界に2811館の公共図書館を建てました。

 

 すべての人のために存在する公共図書館の意義をカーネギーは力説し、貢献しています。これこそが真の社会貢献なのだと思います。図書館には娯楽も学問もたくさん集められているのです。それを維持し続けること、多くの人に使ってもらうこと、そこに図書館の意義があるのだということをこの本から学びました。

 図書館が、より多くの人が利用できる場であり続けて欲しいと願います。

 

 以前、ワシントンD.C.のスミソニアン博物館を見学したときに感じたことを思い出しました。スミソニアンは複数の博物館・美術館などで構成されており、そのほとんどが個人や企業からの寄贈品です。基本的に入場無料で、誰でも自由に見学できるのです。その規模の大きさは驚くばかりで、全部見ることは無理ではないかと思うほどの規模です。

 こういう公共施設の充実は本当に素晴らしいと思います。すべての人が文化や歴史を知る権利を与えられているのだという実感がわくのです。

 日本は「公共」に対する寄付や貢献がまだまだだなぁと思います。本当の豊かさとは、こういう所から生まれるはずなのに、生きたお金の使い方を分かっていない人が多いのだなと悲しくなってしまいます。

 図書室のピーナッツで紹介されていたこの本、子供向けとなっていますが、実は大人向けだよなって思いながら読みました。

2112冊目(今年132冊目)

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