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『ある男』 平野啓一郎

ある男

平野啓一郎(ひらの けいいちろう)

文藝春秋

2019年本屋大賞第5位

 里枝は離婚し、長男と一緒に14年ぶりに故郷の宮崎に戻りました。数年後に大祐と再婚し、彼との間に生まれた女の子と4人で幸せな家庭を築いていたのですが、大祐は事故で命を落としてしまったのです。大祐の兄が連絡を受けてやって来ました。そして、遺影の写真を見て言ったのです。この男は自分の弟ではないと。

 里枝は弁護士の城戸に相談をしました。夫が今まで名乗っていた名前の人ではないということは、自分たちの戸籍はどうなるのか?生命保険はそのまま受け取ってしまってよいのか?そして、何よりも問題なのは、夫は本当は誰なのか?城戸は、大祐として生きてきた男の正体を調べることになったのです。

 この調査をしている城戸は、現在は日本国籍だけれど、在日三世だということを負い目として抱えています。ふとした時に自分に向けられる言葉に悪意を感じることがあったり、ヘイトクライムのニュースを聞くたびに心を痛めているのです。

 他人になろうとする人と、自分とに共通する思いがあることに気づくようになってから、自分は何者なのだろうか?と城戸の心は揺れます。

 

 この物語を読んでいて感じたのは、自分にはどうしようもない運命に翻弄されてしまう人を作ってしまうのは、結局は周りの人たちの心ない言葉や態度なのだということです。本人が悪いことをしたならともかく、家族の誰かが何かをしてしまったことで世間から排除されてしまう人がいるのは悲し過ぎます。

 理由は様々ですが、現在の自分を捨てたいと考える人はかなりいるでしょう。ある期間だけでいいから他人になりたいと思う人もいるでしょう。この物語に登場したような非合法の身元のマッチングをしている人もきっといるでしょう。

 そんなに深刻な理由があるわけではないけれど、違う人になってみたいという気持ちが自分の中にあることに気づいて、ちょっと動揺しているわたしです。

 「序」で語られていたルネ・マグリットの「複製禁止」の絵のイメージが、見事にこの小説を象徴しているのだと思えてきました。

2105冊目(今年125冊目)

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