『ナチスの森で オリンピア1936』 沢木耕太郎
1936年夏、ヒトラーはベルリン大会の開会を高らかに宣言した。それはナチスが威信を賭けて演出した異形の大会にして、近代オリンピックの原点となったーー。著者は、そのすべてをフィルムに焼きつけて記録映画の傑作『オリンピア』を産み落としたレニ・リーフェンシュタールの取材に成功する。さらに、激しく運命が転回した日本人選手の証言によって大会を再構築した傑作ノンフィクション! (書籍紹介より)
この本を読んで初めて知ったことがたくさんありました。
1916年にオリンピック・ベルリン大会は開催される予定でしたが、第一次世界大戦のために中止となりました。ですから1936年のオリンピック開催はドイツの悲願でした。
オリンピックを映像で記録した初めての大会でした。最初はドイツの国威を世界に見せつけるという意図が先行していたのでしょうが、結果としては素晴らしい映画「民族の祭典」が製作されました。この映画を見た当時助監督だった黒澤明は強い衝撃を受けたというのです。
この映画を監督したレニ・リーフェンシュタールは誰かに映画の撮り方を教わったことはなく、あくまでも自分の感性だけで作ったのだと語っています。自分の理想のアングルから撮影するために、陸上競技場に穴を掘って撮影したり、水泳では水中から撮影したりしています。誰かに習ったわけではないからこその独創性に満ちているのです。
それゆえにゲッペルスから嫌われ、穴は埋めろとか、自分に許可を得ずに撮影するのはやめろとか、かなりいじめられたと証言しています。でも、自分はヒットラーに自由に撮影していいのだと許可を得ているのだから、やりたいようにやると、できる限りの抵抗をしながら撮影したそうです。その強さがあったからこそ、いい映画が作れたのでしょう。
オリンピックのドキュメンタリー映画ではありますが、実際には競技を再現して撮影している部分もあります。西田選手と大江選手が銀と銅のメダルを分け合った「友情のメダル」として有名になった棒高跳びの決勝は長時間に及び、最終的には夜間になってしまったため、きれいな映像が撮れなかったのです。そこで後日跳躍部分を取り直したというのです。当時としてはしょうがないことだったのでしょうね。後で撮った部分はうまく編集されています。
日本のラジオ中継スタッフは3人しかいなくて、陸上競技と水泳競技しか放送できなかったというのも、今とは交通事情も違うので、これが精いっぱいだったのでしょうね。それだって全部ライブ放送ということはできなくて、とても有名になった「前畑ガンバレ」だって実感放送だったのも仕方ないかなというところです。
マラソンで金メダルを取った孫基禎の話は切ないです。日本代表として参加したがゆえに、故郷に戻った時も朝鮮語で話すことを許されず、講演は日本語で行い、通訳が入ったというのは悲しいです。孫選手はその後、走ることはなかったそうです。
このベルリン大会、当時内戦をしていたスペインは参加していません。次の1940年のオリンピックは東京で開催される予定でしたが、第二次世界大戦で中止となりました。
オリンピックのテレビ放映が初めて行われたのは1964年の東京オリンピックでした。それまでは映画という記録されたものでしか見られなかった試合を、競技が行われているその時間に観戦することができるようになったのです。
テレビを通して世界中でオリンピック観戦ができるようになり、その権利のために大きなお金が動くようになり、今回の東京オリンピックはコロナ禍であるにもかかわらず開催されました。これが今後どのような評価になっていくのでしょうか。
沢木氏は「あとがきⅢ」の中で、”なんとかわいそうな「二度目の東京オリンピック」さん” と言っています。
スポーツを愛するから競技者を応援したいという気持ちはあるのだけれど、オリンピックというシステムには違和感が生まれてしまっているというのが正直なところです。
この時期に、この本を読むことができて良かったと思います。
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