ブログ内検索


  • ダメでもいいからやれ。
    体験もしないでお前ら、
    すぐに「ダメだ」って言うのは、
    学校で聞いただけの話だろう。
    やってみもせんで何を言っとるか
    (by 本田宗一郎)

読書Love!

  • 本が好き!
  • NetGalleyJP
    プロフェッショナルな読者
    グッドレビュアー 100作品のレビュー 80%

« 『本バスめぐりん。』 大崎梢 | トップページ | 『ミシンの見る夢』 ビアンカ・ピッツォルノ »

『どこでもいいからどこかへ行きたい』 pha

どこでもいいからどこかへ行きたい

pha(ふぁ)

幻冬舎文庫

 phaさんは飽きっぽいらしい。ここはいい場所だなって思っても、しばらくそこに住み続けると引越しをしたくなってしまう。シェアハウスで気楽に暮らしていても、ちょっとどこかへ出かけたくなってしまう。

 出かけるのは好きだけど、飛行機や新幹線に乗りたいとは思わない。でもサウナに入るためだけに高速バスに乗ることはある。ひとり暮らしだし、会社勤めもしていないし、どこかへ行こうと思った瞬間に出かけることができる自由を満喫している。

 

日本は数十年前にサラリーマンと専業主婦の組み合わせという家族スタイルが一世を風靡したせいか、家事に要求する水準が高いうえに、できるだけ外注せずに家の中でなんとかすべしという傾向が強い気がする。
タイのバンコクでしばらく暮らしていたことがあるのだけど、そのとき一番驚いたのは「タイ人はほとんど家で自炊をしない」ということだ。なぜかというと屋台やレストランなど外にあるごはん屋さんが安くておいしくて店の種類もいろいろあるので、自炊するよりも外で食べたり外で買ってきて食べたりする方がリーズナブルだからだ。(p160)

 これはすごい気づきだと思うなぁ。日本の家族スタイルというのは、たかが数十年前にできあがったものなのに、それに縛られてしまっている人の多いこと!結婚しなければいけない、家を持たなければいけない、家事はすべて家庭内で行わなければならない、そんな風に信じ込まされてしまったのですよ。いつの間にか。

 昔はコンビニどころかスーパーマーケットもなかったし、既製服もなかったから、主婦という家事専門家が必要とされたんです。でも、お金持ちの家には女中さんや子守りの人がいたし、御用聞きもいたし、家事労働をお金で解決してたんですよ。でも庶民はそんなことをする余裕なんてないよって思いこんでいたんだなぁ。

 外食、ケータリング、家事代行、通販、いろんな手法で外注できることがあるんだから、それを上手く使えばいいのだよね。なんでもかんでも家でやらなくっちゃという勘違いが、首を絞めていたんだってことは、あらゆる人が知るべきことだと思います。

 

斉藤環さんのひきこもり関係の話で一番興味深かったのは、日本ではひきこもりになるような若者は、イギリスだとヤングホームレスになっている、というものだ。日本だと成人しても子供が親と同居し続ける習慣がある(別々に住むよりもそっちの方が親孝行だと評価されたりもする)けれどそれは儒教文化圏的な行動らしい。欧米だと成人したら親子でも別々の個人だから別々に住むのが当たり前で、親が子供の面倒を見続けるというのは怒りにくくひきこもりよりもホームレスになりやすい、ということのようだ。(p163)

 こういうことに日本の大人たちは、気づいてこなかったのかなぁ。親子であっても別々の個人であるという発想が生まれにくいのは、何でも家庭内でやらなくっちゃという呪縛の為せる業であるような気がしてきました。独立したら家賃が高いでしょ、だから実家で同居した方が経済的でしょという名目で、外に出ていかない子供、それを良しとする親。これぞ日本的家族の姿なのかしら。

 

結局自分たちみたいなまっとうに生きられない人間がまっとうに生きられない人間のままで暮らせる場所は東京しかないのかもしれない。ということを最近よく考えている。
その理由は主に二つで、「人口が多いので自分と同じようなマイノリティの仲間を探しやすい」というのと、「人口が多いのでどこかでトラブルを起こしても他のコミュニティに逃げやすい」ということだ。
京都や大阪のような地方都市でもある程度はそういう生きやすさがあるけれど、その効果は東京に比べれば10分の1くらいだと感じる。(p237)

 わたしの母は田舎から東京に出てきた人だったから、東京は楽だよってよく言ってたなぁ。田舎だと「あそこの家の娘は」みたいなことが知れ渡っていて、一度何かしてしまうと一生それに縛られてしまうけど、東京だといろんな所から来た人ばかりだから、今の自分だけを見てくれるから楽なんだって言ってた。

 人間の多様性を尊重しようっていってもね、東京みたいな雑多な人がいるところじゃないと無理だよねってことが多いのかもしれない。

 うちの近所の社長さんが、フィリピンの人と結婚して娘が生まれたときに、「この子が混血だってことを理由にいじめられたらどうしよう?」って悩んだんですって。ところが小学校へ入ってみたらクラスにはいろんな国の子がいて、これなら大丈夫って安心したんですって。多様な人がいるからこそ、多様性を特別なこととして考えなくて済むのよね。

 

 みんながphaさんみたいに生きていくわけじゃないけど、彼が気が付いたことを知ると人生がずっと楽になるのかもしれないなぁ。自分が常識だと思っていたことが、実はただの幻想だったって気がついたら、無理してそれにしがみつくことないなぁって思えたら、ストレスで死ぬ人はずっと少なくなると思うんです。

 

 ああ、どこかへ行きたいなぁって思ったら、すぐに出かけることができるっていいなぁ。それができないのは、誰かのせいじゃなくて自分のつまらない思い込みなんだね。

 とりあえず、近くの公園へ散歩に行こう!そして、思いっきり背伸びしようっと!

2189冊目(今年209冊目)

« 『本バスめぐりん。』 大崎梢 | トップページ | 『ミシンの見る夢』 ビアンカ・ピッツォルノ »

日本の作家 は行」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 『本バスめぐりん。』 大崎梢 | トップページ | 『ミシンの見る夢』 ビアンカ・ピッツォルノ »