『ミシンの見る夢』 ビアンカ・ピッツォルノ
19世紀末、階級社会の残るイタリア。コレラの流行で少女は次々と家族をなくし、祖母と2人のみが生き残るなか、裁縫技術を身につける。やがてその祖母も亡くなり、身寄りがなくなった少女は自立し、上流家庭のお屋敷に通って針仕事を請け負う。その際に偶然知ることになる、各家庭の驚くべき秘密とは……。自身にもふりかかるさまざまな出来事を乗り越えつつ成長し、ミシンひとつで、自由に力強く人生を切り開いた小さなお針子の波瀾万丈の物語。(書籍紹介より)
お縫子さんの仕事というと、洋服を縫ったり直したりということしか思いつかなかったけど、実際には多岐にわたる仕事があったのです。 お屋敷に行ってシーツやカーテンを縫ったり、クッションやベッドのほつれを直したり、布でできたものなら何でも仕事になったのです。
当時は下着だって全部手縫いだったから、パンツもコルセットも全部作っていました。学校の制服だって、学校から指定されたデザインでそれぞれの家庭がお縫子さんに依頼して縫ってもらってたとはねぇ。
当時女性が働くとすると、お屋敷の女中さんがメインでした。料理、洗濯、掃除、そこまでは何とかなるけど、衣類に関しては誰でもできるわけではないので、専門の職業になっていたわけです。
主人公の友達がやっていた「アイロンかけ」も専門職だったというのがすごいですね。昔のアイロンは中に焼けた炭を入れて使っていたので温度管理が難しかったからでしょうね。
貧しい家の子にとって、お屋敷に住み込みで働くということは、かなり恵まれた仕事だったけど、その代償も大きかったのです。一生結婚できない人がほとんどだったし、その家の旦那さんや息子のお妾さんのような扱いの人も大勢いたというのにはビックリ!
いやな目にあっても、そのお屋敷をやめたら次の仕事はほぼ見つからないので、じっと我慢するしかなかったのです。もし出て行ったら、娼婦ぐらいしかお金を稼ぐ方法がなかったという時代です。
主人公の祖母は腕のいい職人だったし、孫と一緒に住み込みは無理だったので、通いの職人という選択をしたのですが、女だからゆえのリスクも回避したかったのでしょう。ステキな男性とのロマンスを夢見る主人公の少女に向って、お屋敷の奥様も祖母も近所の人も、階級に関わらず年上の女性たちはみな「男を信用するな」と力説するのです。うるさいなぁと思いながら聞いていた主人公でしたけど、大人になるにつれてその意味がよくわかってくるのです。
教育はほとんど受けることができなくて、字が読めないのは当たり前。この物語の主人公は、幸いにも勉強する機会があって字が読めるようになっていたけど、そんな人はほんの一握り。自分に関する契約書も読めないまま、劣悪な労働条件で働いていた人が当時は多かった一因は、そこにもあるのでしょうね。
様々な困難もあれば、楽しいこともあり、主人公はたくましく生きていきます。それは腕に職があったから。自分のミシンを持っていたから。幸せを自分の力で勝ち取ったのです。
これまで描かれてこなかった、女性から見た19世紀のイタリアの姿は、決してここだけの話ではなかったのでしょう。世界中で、今でもこのような、いえいえ、もっと劣悪な状態で暮らしている女性が大勢います。そこから少しでも上を目指すためには、教育というものの役割が大きいなと思います。
なんて難しいことを考えつつも、ほんとに面白い本であっという間に読み終わってしまいました。
2190冊目(今年210冊目)
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