『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』 松本健太郎
立川流創設のころまで、あたし(立川談志)は<人間の業の肯定>ということを言っていました。最初は思い付きで言い始めたようなものですが、要は、世間で是とされている親孝行だの勤勉だの夫婦仲良くだの、努力すれば報われるだのってものは嘘じゃないか、そういった世間の通念の嘘を落語の登場人物たちは知っているんじゃないか、人間は弱いもので、働きたくないし、酒飲んで寝ていたいし、勉強しろったってやりたくなければやらない、むしゃくしゃしたら親も蹴飛ばしたい、努力したって無駄なものは無駄ーー所詮そういうものじゃないのか、そういう弱い人間の業を落語は肯定してくれてるんじゃないか、と。(p169)
談志師匠のこの言葉「業の肯定」ってすごいことだと思います。「理屈じゃないんだよ、自分の業を認めるんだ」ということが人間らしく生きていくのに大事なことだと言ってるんです。他人からなんと言われたっていい、自分の思うように生きていきたいって思ってるんだもの。
「キレイごと」はなぜ売れないのか
「良いこと」「正論」というのが世の中にありますけど、そういうものを好まないのが人間ってものらしいんですよ。それが正しいってことはわかってるけど、自分がやるかと言われたらやらないなぁってことありますよね。
体重オーバーしていることはわかっている。でも体重を減らすために食事に気を付けるとか、運動するとか、そういうことはしたくないなぁって思うのがほとんどの人なのです。あと1か月で10Kg減らさなかったら死んじゃうよって言われても、その時は頑張ったとしても、何年かしてもう一度やる?って言われたら、もういいっていう人が結構いるんじゃないかな。そもそも、そんなことしてまで長生きしなくていいさって言う人もいるだろうし。
健康的な生活をしなさい、勉強しなさい、礼儀正しくしなさい、嘘をついちゃいけません、暴飲暴食はやめましょう、どれも正論だったわかってるけど止めないよね、それが人間ってものだもの。
「煽り文句」はなぜ刺さるのか
その反対に、とても受け入れやすいのが「悪口」「煽り文句」の類です。池袋での車の暴走事故以来「上級国民だけ優遇されるのは許せない!」みたいな意見が多く出てきて、こういうことにはみんな「共感」とか「同意」しちゃうんだな。芸能人のゴシップが大好きなのも、同じような心理が働いているような気がします。「他人の悪口を言っちゃいけません」なんて、誰も思ってないんだよねぇ。
「客観的には誤り」でも「私には真実」
理屈ではそっちが正しいのはわかってるけど、現実にはそれじゃ困るのよって思っていることもたくさんあるから、法律とかルールに嫌悪感を持つ人が生まれてしまう。それをどうやってわかってもらうのかはとても難しいことです。「わたしの方が正しい」と思っている人には、正論を説得するのは無理かなぁって思うことがたくさんあります。
「俺はコロナで自粛しているのに、公園で子供を遊ばせているのが許せない」「みんな自粛しているのに営業しているパチンコが許せない」といった考え方自体を否定するつもりはありませんが、「他人をコントロールする」ことにあまりにも躍起になってしまうと、そもそも「善」の心から出たはずが、人に迷惑をかけていたりします。
かといって「自粛を人に強要する」ことが「悪」だと断定することさえできないほど、私たちは不完全な判断しかできていません。(おわりに より)
コロナ禍で、こういう意識がより強調されたような気がします。なんで自分だけ割を食わなければならないのか?あいつはずるいじゃないか!そういう意識をきっと今までは我慢し続けてきたんですよ。でも我慢しきれなくなって発言するようになっちゃった。
自分の思うようにならないことというのは、自分から見た価値基準です。他人とは違う基準があるってことは、きちんと説明しなければ理解してもらえません。なんとかして打開する手段があると信じます。諦めたら終わりだから。
もっと、怒って良いのです。怒らないから、世の中は何ひとつ変わらないのです。(p126)
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