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『杉浦日向子の江戸塾 特別編』 杉浦日向子

杉浦日向子の江戸塾 特別編

杉浦日向子(すぎうら ひなこ)

PHP研究所

 杉浦さんとそれぞれの分野のエキスパートの方との対談を集めたこの本、至るところに江戸時代の楽しさが溢れています。そして、わたしたちがいかに江戸時代を知らないのかが、よくわかってきます。

 100万人も住んでいた江戸という町は、世界一の大都市です。そこに暮らす人たちの自由さがとても眩しいなと思います。地方からやってきた人が多いから、誰も田舎ものという扱いをしなかったということ。台所もないような家にみんなが住んでいたから、屋台などの飲食店が増えたということ。粋と野暮と気障の線引き。浮世絵師の生き様。どれもこれも面白いことばかり。

第一章 奥本大三郎さん(酒)
第二章 田中優子さん・小泉武夫さん(グルメ事情)
第三章 奥田幸彦さん(鰻)
第四章 田辺聖子さん(笑いと川柳)
第五章 田中優子さん(遊びごころ)
第六章 泉麻人さん(粋とオシャレ)
第七章 林真理子さん(女の生活)
第八章 石川英輔さん(農業と暮らし)
第九章 高橋克彦さん(浮世絵)

 

(杉浦)町自体が、自分の家になっているんです。寝るスペースさえあれば、あとは、町内が家ですから、狭い感じはしないんですね。むこう三軒両隣で、大きな味噌樽をみんなで使っているとか、お漬物は誰の家にあるといった共同生活をしていたんです。(p100)

 庶民の家は小さいけどその分家賃も安かったし、平和な世の中なので物価が安定していたから、1週間働けば1月食べていけたというんです。だから、必死に働いてないんですね。うまいものを食べたいとか、遊びに行きたいとか、そのためにお金を稼いでいるような感じだったようなんです。こんな生活だったら過労死なんてないよねぇ。

 

(杉浦)亭主はたとえば天秤棒の前後にカゴをぶら下げて、六文で仕入れた菜っ葉を八文でうるという零細な商いをし営るんですが、”かかあ”は余って捨てる菜っ葉をおかずにして十二文で売ったり、頭を使って商売してますよね。(p181)

 江戸の町は圧倒的に男が多かったので、独身男性が大勢いたんです。そういう人たちの引越しの荷造りや、部屋の掃除、洗濯やおかずを売るという商売が成り立ったんですって。つまり女の人たちが稼げる場がたくさんあったってことですよね。家族の食い扶持は亭主が稼いでくるから、かかあの収入は子どもの教育費とか、自分のために使っていたというんです。ですから江戸の家庭は圧倒的に「かかあ天下」なんです。

 亭主から三行半を突き付けられるなんて言い方がありますけど、現実は全く逆で、かかあの方から「あんたと別れたいから三行半を書いて」って言ってたんですって。それがないと再婚できないから。そして、三行半を書いたら「とっとと、出ていきな!」だったとは!

 

(石川)あの時代の「野菜は四里四方」という言葉をご存じですか?葉物などの軟弱野菜が供給できたのは、だいたい四里(約16km)以内だったそうですよ。~中略~「昔の人は冷蔵庫がなくてどうやって暮らしていたんだろう」なんて言うのを聞くと、笑っちゃうんです。結局、新鮮なとれたてのものを買ってきて食べるか、あとは煮物や漬物です。(p194)

 食物を遠くから運ぼうと思うから運送だとか貯蔵だとかを考えなければならないけど、生産地と消費地が近かったらそんなこと考えなくていいわけですよね。そうしたら余計なコストもかからない、新鮮でおいしいものを食べられるわけです。「地産地消」というのが、一番いいことなんだなって思います。

 

(石川)わらの用途の約半分が退厩肥(たいきゅうひ)だそうです。それから三割が燃料、あとの二割がわら製品。燃料の方は燃やすと最終的にわら灰になって、これは農家の場合には全部田畑に入れました。そしてわら製品ですが、江戸のような都会のまん中でも、男の履物と言えば半分以上が草鞋かわら草履。
(杉浦)町の辻に古くなった藁草履を捨てる集積所がありますね。あれをまた堆肥にするんでしょう。
(石川)堆肥にしたり、お風呂屋さんが燃料にしたりね。最後に出た灰は灰買いがきて、また肥料になったり紙すきだとか釉薬(うわぐすり)にも使います。結局毎年コメとわらを合わせた一千万トン近くが、一年たつときれいになくなっちゃうんです。それに必要なエネルギーは、太陽エネルギーだけ。

 こういう見事なサイクルを作っていた江戸ってすごいなぁって思います。現代の生活って、無駄なものを作ってそれを捨てることに終始しているだけのように思えてきます。

 そんなにたくさん作らなくったって、そんなにたくさん持たなくったって、わたしたちは生きていけるのに、何かに踊らされてしまっている現代人って情けないなぁ。

2275冊目(今年295冊目)

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