『何とかならない時代の幸福論』 ブレイディみかこ 鴻上尚史
ブレイディ ちょうど、トニーブレアが首相の時代(1997~2007年在任)で、あの頃は保育士不足の問題もあって、外国人の保育士を急いで増やそうとしていたんですよ。一大プロモーションを打って、移民をターゲットに、保育士の”大リクルート作戦”をしてたんです。
多様性は幼少期から培われるという意識も労働党には強くあって、外国人保育士だけじゃなくて、いっぺん社会に出てから大人になって保育士になろうとする人もすごく奨励していました。政府がタダで保育士にさせてくれたんですよ。どこかの保育所に、無給の見習いスタッフとして籍を置いて働いていれば、コースの受講費などをすべて免除してくれたんです。
鴻上 どれくらいの期間で保育士になれるんですか?
ブレイディ 一介の保育士の資格だったら1年半ぐらいで取れます。ただ、週に決められた時間に、ボランティアでもいいからどこかの保育施設で本当に働いてないといけない。そこにメンターというか師匠みたいな人がいて、その人に実地での指導もしてもらいながら学んでいくんですけどね。
保育士を増やすための政策、ホントに素晴らしいと思います。移民の人たちの仕事の確保にもなるし、社会的にもとても意味のあることです。外国人を技能実習生という言い訳で単なる安価な労働力として使っているわが国とは大違いです。すべての人に正規の労働に就いてもらおうという考え方こそが、世の中を良くしていくのだという考え方を持っているイギリスが羨ましいです。
鴻上 イギリスの地下鉄で、明らかにパンクスなモヒカン野郎が老人に席を譲る瞬間を見て、驚きと感動で叫びそうになりましたもんね。
ブレイディ イギリスだったら当り前ですもんね。扉でも、次の人が来るまでずっと開けて待つじゃないですか。日本に帰ってきたら、扉が顔の前でバンッって閉まるから、びっくりしますもんね。そうか、日本だったって。
お店のドアを開けて待っていてくれたり、エレベーターでは老人や荷物を持っている人を先に乗せてくれる気遣いは、欧米では当たり前のことですが、日本ではそういうマナーというか、社会的な優しさが余りにも少なくてやるせなくなります。
自分の知り合いだけで成り立っている「世間」とすべての人とつながっている「社会」の違いこそが、日本の問題なのだと思います。知り合い同士では気遣いをしまくっているのに、知らない人のことは、まるでその人がいないかのように扱う人たちが多いのが日本という国です。
わたしが住んでいる下町は、そういう意味ではギリギリ「社会」だなぁと思います。名前なんか知らなくても毎日すれ違う人とあいさつしたり、バスで隣り合った人とたわいもないおしゃべりをしたりということが普通ですから。他所の地域の人からとても不思議だとよく言われます。
知らない人同士が助け合うことが当たり前の社会であってほしいのに、知り合いだけの利益を重視する「世間」だからこそ、「自己責任」なんていう冷たい評価を平気でしてしまえるのだろうなと思います。その人の立場にもし自分がいたらどうするだろう?と考えたら、単純に非難できないことばかりだと思うのですが。
鴻上 髪が生まれつきちょっと茶色くて、学校から黒く染めるように強制されていた女子高生がいたんです。その女子高生は1週間に2回も3回も染めているうちに地肌がどんどん腫れてきてしまったので、髪染めをしたくないと訴えたら、学校側は「じゃあ退学しろ」「学校にくるな」と。さすがに日本でも問題になったんです。その女子高生が学校を提訴したら、副校長が女子高生の弁護士に向かって、「うちは金髪の留学生でも染めますから」って啖呵切ったんですよ。すごいでしょ。
こういうバカな校則の存在が、あちらこちらで問題になっています。どうして1つの枠にはめたがるのかしら?いろんな子がいて、いろんな事情があって、なんてことは学校側は考えないんですね。
「金髪だって染めさせる」って言えてしまうような人がいる学校に、自分の子供を行かせたいと思いますか?でも、こういう人が現実にいるんですよ、だから問題なんです。変な校則があって、それを変だと指摘されても、変更を認めることができない体質って本当に怖いです。
学校だけではなく会社でも、役所でも、政治でも、こういうことばかり。規則という名のもとのパワハラが減らないのは、結局は何も考えていないからなのでしょうね。現実と向き合ったら、そんなことできないということがたくさんあります。
ブレイディさんはずっとイギリスで暮らしているのですが、たまに日本に帰ってくると、日本がいつでも同じなのにビックリするというのです。こんな時代なのに変わらない日本って、時代から取り残されているということなのかしら?それはとても怖い指摘だと思ったのです。
NHK Eテレ「SWITCHインタビュー 達人達」で反響を呼んだ対談を、未放送分も含めてこの本が作られました。
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