『ペテン師と天才 佐村河内事件の全貌』 神山典士
本を読む人だけが手にするもの で紹介されていたこの本を読んでみて、まず感じたのは「NHKのドキュメンタリー番組で見た」というような「権威」に人は弱いということを佐村河内はよくわかっていたのです。自分自身も障がい者のふりをしていたし、障がい者の子どもたちとの交流をしているという、「弱い人」を前面に押し出すことで感動を作り上げていたという所も、人間心理に長けている人だったのだということがよくわかります。
片や、 何でもいいから有名になりたいと野心をむき出しにする男。中身は空虚だが、人を驚かしたりその心を鷲掴みにしたりする才には長けていた。
もう一方は、音楽に関することならなんでも純粋な興味を持つ男。知識も技術も豊富なものを持っているが、唯一自分から何かをやりたい、やろうという意志には欠ける。これをやってくれと頼まれたら、その要求以上の作品を仕上げる際にかけては人後に落ちない。
まさに磁石のS極とN極だ。二人は互いにひかれあい、まるで悪魔に魅入られたかのようにコンビを組んでしまう。(本文より)
佐村河内は、学生時代の友人たちからは「大ぼら吹き」と評されています。突拍子もないこともやるけれど、面白い友達という認識だったようです。卒業後は歌手か俳優か、とにかく有名になりたくて映画の撮影所や俳優集団など、様々なところを渡り歩いていましたけどうまくはいきませんでした。
音楽好きだった佐村河内は作曲の才能はさほどなかったけれど、こういう曲を作ったら売れるという企画を立てる才能はあったんですね。自分の代わりに作曲し、オーケストラのスコアまで書いてくれる人を見つけた時、このコンビなら売れる曲ができると感じたのでしょう。でも、2人のコンビで作曲していますというスタンスは取りたくなかった。あくまでも自分がスターになりたかったという所が、この人らしさだったのでしょう。
そして自分がもっと売れるために耳の聞こえない作曲家「現代のベートーヴェン」というイメージを作り上げたのです。更に、障がいのある子どもたちに接近し、「障がい者のために音楽を作っている」というスタイルも作ったのです。
この事件で一番の被害に遭ったのはこの子どもたちです。彼らの心の傷が完全になくなることはないでしょう。
確かに佐村河内は詐欺師だけれど、彼をあんなにも有名にしてしてしまったマスコミの責任も重いと痛感しました。もう少し真剣に裏を取っていたら、彼の嘘は簡単に見破れたはずなのにと思うと残念でなりません。
ゴーストライターであることを告白した新垣氏は音楽の才能に溢れているのに、自分がやりたいことを見つけるという気持ちの薄い人でした。そんな彼の「でも、自分の音楽を大勢の人に聞いて欲しい」という気持ちに付け込まれてしまった。悪いとわかってはいたが、佐村河内の嘘に加担してしまったという彼の立場は、なんとも複雑だなと思いました。
今も音楽で生計を立てている新垣氏の未来が明るいものであることを祈っています。
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