『死に山』 ドニー・アイカー
一九五九年、冷戦下のソ連・ウラル山脈で起きた遭難事故。登山チーム9名はテントから一キロ半ほども離れた場所で、この世のものとは思えない凄惨な死に様で発見された。氷点下の中で衣服をろくに着けておらず、全員が靴を履いていない。三人は頭蓋骨折などの重傷、女性メンバーの一人は舌を喪失。遺体の着衣からは異常な濃度の放射線が検出された。最終報告書は「未知の不可抗力によって死亡」と語るのみ―。地元住民に「死に山」と名づけられ、事件から五〇年を経てもなおインターネットを席巻、われわれを翻弄しつづけるこの事件に、アメリカ人ドキュメンタリー映画作家が挑む。彼が到達した驚くべき結末とは…!(書籍紹介より)
「中野京子の西洋奇譚」で気になってしまった「ディアトロフ事件」、読友さんよりこの本の存在を教えていただき、さっそく図書館で見つけて読んでみました。
彼らが遭難したのはマイナス30度の冬山、捜索は難航しました。犬の嗅覚と、雪の上から棒を突き刺して探すというそれはそれは手間のかかる方法でした。2か月もの時間をかけて、よくぞ全員の遺体を見つけたものだと思います。
その場所へ行ってみようとした著者は、そこがとんでもない場所だということに行ってみて初めて気が付きます。現代の機材を駆使してもかなりキツイ行程を、彼ら9人は今から見ればかなり貧弱な装備で歩んでいったのです。
1959年5月28日にイヴァノフ(当時の捜索者)は、トレッカーたちは「未知の不可抗力」の犠牲になったと結論し、それがこの事件をめぐる謎を定義する言葉になった。この言葉は説明にはほど遠いものの、その結論は奇妙に正確だった。
カルマン渦列によって生成された超低周波がほんとうに、あの夜トレッカーたちがテントを棄てたーーそしてその結果として死に向かって歩いて行ったーー理由だったとすれば、「未知の不可抗力」という以上に、真相を表現するのに近い言葉は当時のだれも持っていなかったのだから。
全員が靴を履かずに死んでいたのがみつかり、テントは自ら破ったらしいということから、様々な憶測を呼んでいたこの事件の真相を、この本では、山の風が超低周波を生み、それによって全員が正気を失って逃げたという結論に至っていますが、本当にそうだったかどうかはわかりません。
ソ連を引き継いだロシア連邦の最高検察庁は2020年7月13日、雪崩が原因との見解を示しましたが、遺族は誰も納得していないそうです。
彼ら9人が残した写真や日記を見ると、こんな厳しい自然に挑んでいるという感じはありません。トレッキングが好きで、それを仕事にしようとしている若い男女が楽しそうに旅しているのです。ソ連の先住民である「マンシ族」と交流していたり、美しい雪山の写真を撮っていたり、その旅がこんな形で終わるとは誰も想像していなかったのでしょう。
エカテリンブルク ミハイロフスコエ墓地に彼らが眠る墓所があります。
あの夜何が起きたのか、彼ら自身もわからなかったのでしょうね。
2276冊目(今年296冊目)
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