『先生のお庭番』 朝井まかて
老舗の植木商に出島のオランダ人の家へ庭師を派遣してくれという依頼が来たのです。親方はまだ15歳の熊吉にその仕事を任せます。他のみんなが行きたがらないから誰でもいいから人を出せばいいという気持ちだったようです。
熊吉が通うことになったお屋敷の旦那様はシーボルト先生でした。彼が薬草園を作りたいというのです。熊吉は工夫を重ねて薬草園を作り、シーボルト先生と妻のお滝さんから認められるようになります。そして、屋敷の使用人として働いていた黒人のおるそんと仲良くなり、様々な話をするようになりました。
外国人であるシーボルト先生は、日本の植物の豊かさに驚いていました。四季それぞれに美しい日本の自然に驚愕していたのです。ヨーロッパでは、緑は豊かだが、花や紅葉のような色彩が少ない。日本の植物をヨーロッパにも持っていきたいと考えていました。
でも、当時は船で赤道を超すルートでしかヨーロッパに行くことはできません。何度か植物や種を送ってみましたが、どれもダメでした。熊吉は工夫を凝らして種を梱包しました。この種は生きたままヨーロッパに到着したのです。
植物採集などの仕事も、シーボルト先生は熊吉に信頼を置いてくれて、どんな提案でもほとんどをそのままOKしてくれたのです。
かの有名な「シーボルト事件」で、彼らの幸せな時間は終わりを告げます。多くの人が投獄され、厳しい尋問を受けます。亡くなった人もいます。そしてシーボルト先生は帰国することになってしまいます。
「帰リトウ、ナカよ。イヤ」
「何で?」
「ばたびあノ港二着イタラ、ワタシ、売ラレル」
「ズット、出島ニオリタカ。コノ平和ナ国で、ホネヲウズメタカ」
おるそんはそう言って泣くのです。彼は奴隷だということに、重吉はこの時初めて気が付いたのです。奥様も身請けされた身だし、熊吉だって植木商にお金を払ってここに引き取ってもらったのです。3人とも、先生がいなくなったらどうなってしまうのだろう?
シーボルト先生の仕事を手伝えたことを誇りに思い、でも先生が本当は何のために日本に来たのかに疑問を持つようになり、熊吉は悩みます。でも、先生のことを尊敬しているから、大好きだから、先生のためになることをしようと決心したのです。
熊吉はその後の人生をどう歩んだのでしょう。辛いことも多かったでしょうが、決してシーボルト先生から学んだ多くのことを忘れなかったのでしょうね。
「シーボルトの眼」の絵師、川原慶賀さんも同じような人生だったのかしら?
2280冊目(今年300冊目)
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