『うまれることば、しぬことば』 酒井順子
何かを終える度に「終わりではなく、これは卒業なのだ」と言い張ることが、実は人間にとって最も大それた「永遠への挑戦」なのかもしれず卒業輪廻の世界からいい加減に足抜けしたい気分になって来るのでした。(p37)
かつては、学校を卒業して社会に出るという意味だけで使われてきましたが、近年は「仕事から卒業」だったり、「子育てから卒業」だったり、「結婚生活から卒業」などと、何かをやめる時の言い換えとして使われるようになりました。卒業ということは、次のステップへ進むというのが大事なことだと思うのですが、どうもそうではないような感じがします。
「卒業」という美しい言葉は「立つ鳥跡を濁さず」的な表現で、本当は「やめてせいせいしたわ!」なのか「ホントはやめたくなかったのよ!」という感情が表現されず、その人の人間性は無視されているような気がするのです。淡々としているフリをして、自分の中にドロドロしたものが残らないのかしら?と心配になってしまいます。
わたしは日本語における「you」の不在を実感します。(p185)
故ジャニー喜多川さんが、所属事務所の子たちに「you」と呼びかけていたのは印象的でした。相手の名前やニックネームがわかれば、それで呼びますけど、名前がわからないけど呼びかけなければならないときに、ジャニーさんの立場なら「キミ」と呼んでもよかったのでしょうけど、彼は「you」という言葉を選んだのです。
日本語の二人称単数って、実にたくさんありますが、「あなた」「君」「そなた」「お前」・・・どれをとっても対等な関係ではないんです。必ず上下関係があって、英語の「you」のように対等な関係の二人称がないところが日本的なのでしょうか?
つまり日本には相手と対等という考え方がまだ浸透していないということなのかしら。
目立たない言葉ながら、実は様々な意味が含まれているのかもしれない「そうですね」。オリンピック・パラリンピック期間中、大量の「そうですね」を浴びていたら、どうやらこの言葉は非常に強い伝播力を持っている模様であり、自分も何かのインタビューに答える時、「そうですね」と、無意識に冒頭に行っていました。確かに「えーと」「あのー」よりは気分がしゃっきりするかもしれず、これからも反射的に「そうですね」を繰り出しそうな気がしてなりません。(p241)
「そうですね」を文字通りに解釈すれば「Yes」という意味です。例えば「緊張しましたか?」という質問に「そうですね、緊張しました。」という返事だったら、何の疑問も湧きません。でも実際には「そうですね、緊張しませんでした。」と返す人もいるのです。「そうですね」は、Yes でも No でもない、英語での「Well」のような相槌として使われているということなのでしょう。
言葉は日々変化していきます。最初は一人しか使っていなかった言葉が誰かに波及して広がっていくこともあれば、いつの間にか使わなくなってしまうこともあります。
その言葉がどうして使われるようになったのだろう?どうしてそういう表現になったのだろう?と考えることは、今という時代を考えることにつながるのだと思います。好きだろうが嫌いだろうが、その言葉が存在する世界に自分は生きているのですから。
この本のことは、酒井順子さんが出演された、ピーター・バラカンさんのポッドキャスト番組「The Lifestyle MUSEUM」で知りました。なかなか面白いお話だったので、興味ある方はポッドキャストの音声をこちらから聞いてみてくださいね。
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