『降伏の時』 稲木誠 小暮聡子
私は、もう一度『タイム』の科学欄を開き、良質の紙に鮮明に印刷された原子爆弾の記事を読んだ。そして日本の完敗を悟った。(p42)
8月28日、連合軍の飛行機がパラシュートで落としていった物資の中に入っていた雑誌『タイム』見せてもらった稲木さんは、その印刷技術の高さや記事のわかりやすさに驚いたのです。一般市民向けの雑誌がこのレベルということは、国力の差がそれだけあるということなのだと。
(パイマ軍医は)俘虜患者のための牛乳が手に入らなくなると、大豆を食料係に請求して、豆乳を作って患者や体弱者に与えた。冬季の野菜不足を補うため、馬鈴薯の生汁を作りビタミンCを補給した。牛骨から脂油、骨髄、スープを作ってから、牛コツをパン釜で乾燥し粉砕機にかけて骨粉を製造した。
これは牛骨すべてを完全に人間の栄養とするもので、俘虜の体力増進ばかりでなく、私たち職員の栄養にも役立った。俘虜の健康は1年間で見違えるほどよくなり、毎月、本所への報告書に記入する俘虜の平均体重も増えてきて、東北軍管内の十数カ所の収容所の中でも最も健康状態の良いところと言われるようになった。パイマ軍医の貢献に対し、私は俘虜全員の前で表彰した。(p37)
1944年4月~1945年8月、陸軍少尉として釜石の捕虜収容所の所長であった稲木さんは、捕虜となった兵士たちをできる限り人間らしく扱おうと努力してきました。捕虜であるバイマ軍医の意見もきちんと取り入れたのです。
終戦の日から捕虜引揚げまでの1カ月間、稲木さんは兵士たちのこと、そして自分の気持ちを克明に記録していました。兵士たちが乗った引揚げ船を見送った時、どんな気持ちでいたのでしょうか。ホッとした気持ちと、寂しくなるなという気持ちがないまぜだったような気がします。
そんな努力を重ねた稲木さんですが、戦後、元捕虜収容所長であるということからB級戦犯となり、巣鴨刑務所で5年間服役されたのです。稲木さんは、自分は軍人であったのだから仕方ないと思いつつも、どうして自分が戦犯とされてしまったのかを悩み続けていたのです。
終戦から30年たった1975年、元捕虜だったオランダ人の「フックさん」から釜石市長に届いた手紙にはこう書かれていました。
「私は戦争中に俘虜として釜石にいたものですが、釜石での取り扱いは良く、市民にも親切にしてもらいました。」
これがきっかけとなって、稲木さんはフックさんと文通をすることになったのです。この文通によって稲木さんは自分がやってきたことは間違っていなかったと信じることができるようになり、フックさん以外の元捕虜の人たちの消息も知ることになったのです。
戦時中、日本国内に訳130か所もの捕虜収容所がありましたが、そこでどんな生活をしていたのかという記録はほとんど残っていません。ですから、この本に収められている記録は本当に貴重なものです。
インドネシア付近で日本軍に捕らえられて捕虜となったオランダ人が多かったのは、当時そこがオランダ領であったからなのでしょう。彼らは故郷からあまりにも遠い日本に連れてこられていました。戦争がいつ終わるとも知れぬ日々をどんな気持ちで過ごしていたのでしょうか。終戦間際には連合軍の攻撃を受けて亡くなった人もいます。
そんな彼らの気持ちを和ませようと、クリスマスツリーを飾ったり、夏には海水浴に連れて行ったり、たぶんこういうことは上層部には内緒で行ったのでしょう。そんな稲木さんの優しさを収容所にいた人たちは覚えていてくれたのだと思います。
人間同士としてなら、こんなに優しい気持ちで接することができるのに、どうして戦争など起こしてしまう人がいるのでしょうか。
戦争によって運命を変えられてしまった人たちが多くいて、そんな中で友情をはぐくむことができた人もいたということは奇跡のような気がします。
・第1部 手記「降伏の時」
岩手日報に2021年1月~4月にかけて掲載された故稲木誠氏の手記を掲載。終戦直後の釜石捕虜収容所の出来事を克明につづる
・第2部 回想録「フックさんからの手紙」
1975(昭和50)年、釜石市に届いたオランダ人元捕虜「フックさん」からの手紙をきっかけに始まった文通。週刊時事に連載された「戦後の物語」を収録
・第3部 遠い記憶の先に終止符を探して
ニューズウィーク日本版記者で稲木氏の孫・小暮聡子氏が元捕虜と家族らを取材。戦後70年特集の一環として「本当の終止符」を探った迫真のルポを掲載
・第4部 過去から未来へ
釜石捕虜収容所にいた元捕虜3人の家族と交流を続ける小暮氏。奇跡のような「リユニオン(再会)」をつづる
#降伏の時 #NetGalleyJP
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