『イスラエルとユダヤ人 考察ノート』 佐藤優
外交官は、青年時代に語学を研修した国に惹かれるのが一般的傾向だ。もっともソ連時代にロシア語を研修した外交官だけは、KGB(ソ連国家保安委員会=秘密警察)による嫌がらせを日常的に受けたので、ロシア人を嫌いになる事例が多い。アラビア語研修の外交官の場合、親アラブ的になる人が多い。(p39)
佐藤氏はロシア語を学ぶために英国へ留学しています。なぜなら彼が入省した当時、ソ連は日本を敵視し、モスクワ国立大学に直接留学しても、ロシア語の基礎力が身につかないという状況だったというのです。
普通、ヨーロッパ人は国境を線で考える。しかしそうなるとあまりに長大な国境線を持つロシアは、線としての国境を守ることができるかどうかに不安を持つようになる。古くはモンゴル・タタール軍、十九世紀はナポレオン軍、二十世紀はナチス・ドイツ軍によって侵攻された経験からこの不安はロシア人の形而上学になっている。そこで、ロシア人は面で国境を確保するという考えに傾くようになったとナベー先生は考える。(p102)
敵と国境を直接接するのが不安なので、国境の向こう側にロシア軍が自由に行動することを認められた緩衝地帯としてとしてアフハジア、オセチアというロシアの保護国を作ったのだ。
もちろんこれは「ロシア帝国の利益に反するならば個別国家の主権は制限される」という制限主義論で、国政秩序を維持する上で断じて認められない。しかし、ロシアがなぜこのような行動をとったかについて内在的論理をきちんとおさえておくことは重要である。そうでなくては的確な対露戦略を組み立てることができないからだ。(p104)
この、国境を面で考えるという考え方を知ると、現在のウクライナ侵攻の意味がとても良くわかります。西側の国との緩衝地帯だったはずのウクライナが西側に参加してしまって、国境が線になることを嫌がっているということなのです。
かつてのグルジア(ジョージア)侵攻も、クリミア併合も、この考え方あってこそだということを、この本の中で佐藤氏は語っています。
キリスト教の研究のためにチェコ語を学びたくて外務省に入ったという佐藤氏ですが、入省後は彼の希望とは無関係にロシア語を学ぶことになりました。ソ連関係の仕事をするうちに、ソ連国内のユダヤ人が大勢イスラエルへ移動しているという事実に突き当たります。そして、ロシア語を話すイスラエル人たちと交流するようになり、彼らの考え方を学び、ソ連(ロシア)への思いも知ることとなるのです。
ソ連時代の大学入試で、ユダヤ人だけに別枠の試験が用意されていたという話には驚きました。そして、そういう差別があることを知っているから、パスポートの「民族」の欄に「ユダヤ」と書かないようにしていた人が多くいたということにも驚きました。
外国に関して、知らないことがたくさんあるのは当然ですけど、それにしても酷いものだなと思うことばかりです。でも、どうしてそういう思考をするようになったのかというのを知る必要はあります。それを知らずにいたら、対抗措置を考えられなくなりますからね。
日本ではイスラエルに対する考え方が偏っていると佐藤さんは力説しています。この本を読んで、イスラエルという国の印象が随分変わりました。佐藤さん曰く、自分が刑務所に入れられたときに、日本人の友人は知らんぷりしたけれど、イスラエルの友人との友情は変わらなかったというところに、深いものがあるなと思いました。
本当に信じられるのは、自分が困ったときに助けてくれる人なのですから。
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