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『まっとうな人生』 絲山秋子

まっとうな人生

絲山秋子(いとやま あきこ)

河出書房新社

 花ちゃんとなごやんは突然再開したのです。「逃亡くそたわけ」の時から15年くらいたったのかなぁ。退院してからお互いにどうしていたのか全然知らなかったのだけど、どちらも結婚していて、おまけにどちらも富山県に住んでいたなんてねぇ。お互いの家族に対して、「実は精神病院に入院した時の友だちで」なんてストレートに紹介できないし。

 双極性障害では、躁状態と鬱状態を繰り返すのです。傍目には鬱状態の方が病気らしく見えてますけど、実際には躁状態の方が何をするかわからないので危険なのです。

 かなり良くなってはいても、完全に良くなるということはないということを、花ちゃんはちゃんと自覚しています。ですから、大きなストレスからはなるべく逃げるように心がけています。なのに、なかなか思ったようにはなりません。

 たとえば、義母さんの愚痴を聞いていると段々と具合が悪くなってきます。そんなときに旦那さんのアキオちゃんは、急に立ち上がったり、全然関係のないことをして話を切ってくれます。それをマネして花ちゃんもやってみるようにしています。

 でも、もっと大きなストレスがやって来てしまったのです。それはコロナ禍と、実家の家族の死でした。

 

それにしても「家族の死で落ち込んでいる」というのはなんとわかりやすいのだろう。原因と反応が直結している。多くの人が体験している。わかりやすいうえに時間が解決するという希望までついている。それに比べて双極性障害の病的な鬱とはなんとわかりにくく、見通しが悪いのだろうと思う。p135

 ホントは自分の病気のせいで具合が悪いのだけど、周りの人は家族の死のせいだと思い込んでくれているから、それで良しとしようと思えるくらい、はなちゃんは自分の病気を冷静に見つめられるようになっています。

 

凶悪事件や差別発言の記事、様々なトピックでのネットの炎上などを見つけては、ジャンクフードみたいにぼりぼり齧るのだ。まるで怒りを食べて生きているみたいだ。自分が家族に迷惑をかけていることを、その罪悪感を少しでも消すためにもっとダメな奴を見つけて、少しでも自分がマシと思って留飲を下げようとしているのだ。見るだけではなくて一緒になって激しい言葉を使い、見知らぬ人を責めたくなる。いきり立ってくる。怒りのソファはふかふかで、そこに身を投げ込んで、なにもかも任せてしまいたくなる。最低だ。本当に最低だ。どうして朝からさつじにゃ不正や詐欺のことをインプットしているのだろうと思う。でもそれが習慣になってしまっていた。p138

 こういう気持ちって、普通の人だって持っているモノなんだけど、花ちゃんはどうしても自分の病気のことを考えてしまいがちです。逃げたいのに逃げられないのは何故なんだろうって考えています。

 コロナ禍になってから、みんなが花ちゃんと同じような気持ちになってしまったんです。自分ではどうしようもない状態を受け入れるのが辛くて、何かに八つ当たりしたいんです。その気持ちが、誰かを責めたり、炎上させたりという方向へ向かわせているんです。それが良いことじゃないのはわかっているけど、そうでもしないと自分が壊れてしまうような気がする人が増えてしまったのでしょうね。

 自粛期間が長くなると、家族で過ごす時間が長くなり、3食全部作り、買い物にも自由に行けず、ストレスがたまるばかりの生活は確かに精神にダメージを与えてしまいます。だから夫婦喧嘩をしたり、やけ食いをしたりしてしまう。そんな自分が嫌だ~って思うから、更にストレスがたまるんです。

 そんなコロナ禍の日常が見事に描かれているなぁ!

 少しずつコロナ過が終息に向かう今、花ちゃんは今までよりもちょっと強くなったような気がします。

2456冊目(今年155冊目)

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