『ピアニストと言う蛮族がいる』 中村紘子
なにしろ国際コンクールなどでは、ゴルフやその他のスポーツのように男性と女性を分けてなどやってくれないのは勿論のこと、あくまで男性が改良・完成した楽器で男性が作曲した作品を演奏しなければならないのであるから。しかもこうしたコンペティティヴな過程においては、個性的であること、すなわち他人とは違うことをすることを、子どものころから絶えず意識させられ強要される向きがある。
と言ったようなもろもろの事情から、女性ピアニストというのは、どうしても性格的には勝ち気で負けん気で強情でしぶとくて、神経質で極めて自己中心的で気位が高く恐ろしく劇的かつディフェンシヴで、そして肉体的には肩幅のしっかりとした筋肉質でたくましい、というタイプになってしまう。女性ピアニストに楚々とした手弱女風美人が見当たらない理由は、これでお判り頂けよう。更に、これは男性ピアニストについてもいえることだが、社会との健康的な付き合いが才能ある人間ほど少なくなってしまうため、一般の常識からみれば、どこかピントの狂った頓珍漢が多いのである。ゆめゆめピアニストなんぞを女房にするものではない。p286
蜜蜂と遠雷を読み終わってすぐのある日、図書館でこの本に出会ってしまいました。中村紘子さんが語るピアニストの話ならきっと面白いだろうと読み始めてみたら、想像以上の面白さに驚いてしまいました。
ホロヴィッツやラフマニノフ、グレン・グールドら巨匠の伝説と言ってもいいほどの奇行には驚きすぎて笑ってしまうほどです。
でも、この本で更に驚いたのは日本のピアニストの草分けである幸田延と久野久の話です。西洋音楽が日本に入ってきたばかりの頃にピアノと出会ってしまった2人の女性の人生は余りにも壮絶です。でも、彼女たちの存在を知る人はごくわずかだというのは、やはり女性アーティストの存在が軽く扱われていたからなのでしょうか。
迎撃ミサイルの名称として湾岸戦争で一躍有名になったこの「パトリオット」という言葉は、80年前の第一次世界大戦の時代には、このポーランドの世界的ピアニストにして民族のカリスマ、パデレフスキーその人を指していうほとんど固有名詞であったのだ。
思えばパデレフスキーもミサイルも、侵略者に対して抵抗するという点で奇しくも共通している。そして、パデレフスキーの愛してやまなかった故国ポーランドは、その長い歴史の中でなんと多くの「スカッド・ミサイル」、征服者たちによって踏みにじられ、民族の誇りを傷つけられてきたことか。なんと人類とは、同じ愚を繰り返す動物であろうか。p195
そしてもう一人、イグナツィ・パデレフスキーという驚くべき人のことを知りました。彼は大変人気のあるピアニストで、彼の演奏会にはマリー・キュリーも足を運んだそうです。当時ロシア・プロシア・オーストリアに分割統治されていたポーランドを1つの国として独立させるために奔走した彼は、ポーランドの初代首相となったのです。
ご本人も天才と呼ばれたピアニストである中村さんは、ご自分の体験も交えて実に面白い文章を書いています。優れたピアニストだけれど変人であるのは、元々そういう人だったのか?それとも有名になったためにそういう人になってしまったのか?
それにしても、握手して欲しいと手を伸ばしてきたファンにグレン・グールドが「Don’t touch me!」と叫んだ瞬間を目撃したことがある中村さんが、ちょっと羨ましいのです。
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