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『教養としてのヤクザ』 溝口敦 鈴木智彦

教養としてのヤクザ

溝口敦(みぞぐち あつし)

鈴木智彦(すずき ともひこ)

小学館新書

暴力団排除条例はヤクザを根本から変えてしまった。
銀行口座を持てず、生命保険に入れず、自動車の任意保険にも加入できないのだから、もはやまっとうな娑婆生活は送れない。就職もできず、起業もできず、あちこちで暴力団という属性が邪魔になる。金を貸した相手からの返済が滞り催促しただけでも、警察に駈け込まれれば暴力団の側が罰せられる。
ばかりか暴力団であることを申告せずゴルフ場でプレーしたり、ホテルに泊まったり、クレジットカードを申請すれば有罪になる。(はじめに より)

 「ヤクザときどきピアノ」があまりにも面白かった鈴木さんの本だということで手に取ったこの本、今日のヤクザについていろいろなことがわかりやすく書かれています。ヤクザについての専門家であるお二人の話は、とても貴重なものだと思います。

ヤクザ、暴力団は犯罪と言う闇に足を置きつつ、半分だけ社会に認められている存在だった。世間に認められてナンボの「反社会的」存在なのだ。対して半グレは凶悪犯罪をあまり手掛けず、詐欺などの経済犯罪を専門にしながらも、とにかく世間に隠れて犯罪をシノギとする「アングラ」の存在である。半グレはシノギ以外の分野では法的に堅気(カタギ)であり、よって暴対法も暴排条例も適用されない。(おわりに より)

 ヤクザとは「八九三のブタ」つまり役に立たないもので、正業に就かず、法に背くなどして暮らす者という意味ですが、現実にはカタギの世界で生きて行けないような人を守る組織でもあったわけですが、暴力的な部分が社会的に問題視されて、現在は強力な抑え込み状態になっています。

 この本を読んでわかったことは、ヤクザはダメだと言われたことをやりたがる人たちだなと言うことです。この魚を獲ってはいけないと言われれば獲りに行き、麻薬のように、これを売ってはいけないと言われるものを売ろうとするのです。表の社会でダメなものを売ればお金をたくさん得ることができるのですから。

 確かにヤクザは衰退していくだろうことが想像できますが、ヤクザがいなくなればまた別の人たちが似たようなことをするようになるだけなのです。ヤクザは組織として動きますが、半グレはそういう組織立ったものではないので、逆に怖いところもあるのです。近頃はやりの「特殊詐欺」は半グレの犯行と考えられるものが多いようです。

 反社会的勢力やヤクザのことを知ることは、わたしたちが生きているこの社会のことを知ることなのです。そういうことを知ると、世の中の仕組みが今までよりもクリアに見えてくるような気がします。

 実は、わたしの中学校の同級生にヤクザの家の子がいて、高校生の時に跡を継ぎたくないという相談を父親としたときに、「俺も継ぐのがいやだったから、それで構わないよ。」と言われたのだそうです。現在のヤクザの置かれた状況を考えると、その時点でカタギになれてよかったねぇと心から思います。

2453冊目(今年152冊目)

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