『怖い絵』 中野京子
悪魔とか、幽霊とか、悪い王様とか、ストレートに怖い人が描かれている絵は、絵のことをや描かれた当時のことを知らなくても理解ができます。でも、その当時の社会のことを知ると、更に怖いことが絵画に描かれているということがわかってくるのです。
この本の最初に登場するドガの「エトワール、または舞台の踊り子」(1878年)の深い意味など、これまで考えたこともありませんでした。この絵は舞台の正面からではなく横のかなり舞台に近い場所から書いていたんだなとは思っていましたけど、あの黒い服の男のことは舞台監督かなくらいにしか考えていませんでした。
あの男は、舞台で踊っているエトワール(プリマ・バレリーナ)のパトロンだというのです。舞台の幕が上がっている状態でも、舞台上を我が物顔に歩くパトロンの姿をドガは描いていたのです。
この絵が描かれた19世紀、女性のスカートは長く、足を見せるなどはしたないという時代です。その時代に足を見せて踊るバレエダンサーがどう思われていたのかは、推して知るべしです。
働く女性は軽蔑されていた時代だ。女性が敬意をもって遇されるためには、自立などしてはならなかった。だから没落貴族の娘はせいぜいガヴァネス(住み込みの家庭教師)になるしか道はなかったのだし、上流階級出身のフローレンス・ナイチンゲールが看護婦を志したとき、母親は卒倒しかけ、一族郎党、猛反対したのだ。ましてこのころの看護婦は、無教養で飲んだくれの最下層の老女か元娼婦しか成りてはいないと考えられていた。同じように、お針子は、「娼婦予備軍」、オペラ歌手は娼婦と紙一重とみなされていた。実際、当時名を馳せた高級娼婦のうち、「椿姫」ことマリー・デュプレシは元お針子、彼女と人気で張り合ったコーラ・パールは元歌手である。
踊り子がどう思われていたかも自明であろう。もともとバレエはオペラの添え物で一段格下とされていたから、ほんの一握りの突出したバレリーナは別として、誰も彼女たちを芸術家と考えるものなどいなかった。(p17)
絵の中に、様々な真実や嘘が描かれているということを知ると、これまで見てきた絵が、まったく違うものに見えてくるのです。
幸せそうに見える子供の絵も、断頭台へ向かう直前のマリー・アントワネットの絵も、その絵が描かれた背景を調べていくと、パッと見ただけではわからない何かを伝えてくるのだということを教えてくれる中野さんに感謝です。
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