『D坂の殺人事件』 江戸川乱歩 216
推理小説は好きなんですけど、なぜか明智小五郎さんが登場する本にはご縁がなくて、今回初めて読んでみました。文章はちと古めかしい感じはありますけど、犯人を追っていく光景はとてもスリリングです。明智さんは変装の名人というあたりはルパンを意識していたのでしょうか。
「地獄の道化師」では、麻布に事務所を持つ立派な私立探偵になってますけど、「D坂の殺人事件」のころはお金のない書生さんで、着物を着て髪の毛はもじゃもじゃ、まるで金田一耕助さんみたいなところが意外でした。
100年近く昔に書かれた小説なのですが、人間の考えること、愚かさ、悲しさ、そういうものは、ちっとも変っていないのだなと感じます。でも、街はすっかり変わってしまいました。夜八時に通りが暗くなるという生活の方が、実は人間らしいのかなと思ってしまうのです。
・D坂の殺人事件
D坂(団子坂)の喫茶店に主人公は入り浸っています。この店の前には古本屋があって、そこの女房がきれいな人で、いつも彼女を眺めるのを楽しみにしていたのに、今日は彼女がいなくて残念だなぁって思っています。
ここで主人公は冷やしコーヒーを飲んでいます。この作品が発表された1925年(大正14年)に冷やしコーヒーがあったということに驚き、ストーリーとは関係ないのですが、気になって調べてみたら、当時の冷やしコーヒーは、ビンにコーヒーを詰め、井戸水や氷につけて冷やしておいたものだったそうです。
・二銭銅貨
芝区のさる大きな電気工場の給料日に、そのお金が盗まれたのです。約1万人分の給料ですからかなりの額です。
この電気工場のモデルはたぶん東芝ですよね。三億円事件のことを思い出してしまいました。
・何者
大学を卒業したばかりの3人の若者が、海の近くにある結城くんの家で夏休みを過ごしていました。ある夜、結城くんが足を撃たれるという事件が起きたのです。
この事件の結末は、この時代だからこその出来事だなと思いました。そこまでのリスクをと思うのは、今が平和な時代だからこそなのでしょうね。
・心理試験
容疑者として心理試験を受けるかもしれないということで、蕗屋くんは「傾向と対策」を必死に考えたのですが、意外な盲点があったのです。
・地獄の道化師
環状国鉄の池袋の踏切で車が横転し、放り出されたのは石膏で作られた女性の裸婦像かと思われたのですが、中から死体が出てきたのです。
環状国鉄(現在の山手線)になったのは1925年ということですから、この作品が書かれたのと同じころです。この踏切はたぶん「長崎橋踏切」(2005年廃止)だと思うのですが、開かずの踏切で有名だったようです。今ほどではないにせよ交通量の多い場所を事件の発端の場所に選んだのは、都市化が進んでいる東京の象徴のように作者は感じていたのでしょうか。
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