『人生ってなんだ』 鴻上尚史 222
僕自身、かつて統一教会に取り込まれた二人の人間を奪回したことがあります。
(中略)
「真の自己」とか「最終真理」とか、そんなものは存在しないんだと、言い続けたのです。だけど、生きて行くんだと。
粘り強く粘り強く、言い続けて、ようやく、友人は納得しました。
納得した瞬間、友人は号泣しました。それは、まるで、生まれてきたことを後悔している赤ん坊のような泣き声でした。悲しくて、そして、たくましい泣き声でした。20世紀の終わりの泣き声だと思った瞬間、僕も、涙があふれていました。(p29)
これは1996年7月に書かれた文章です。つまり26年前にも、あの団体に洗脳されていた人がいて、その人を助けるために鴻上さんは奔走していたのです。こういうことが、日本中のあちらこちらで起きていたのに、どうして世間に大きく報じられることがなかったのでしょうか?
企業のおじさんは月収何十万円だけを守りたいからこそ(つまり家族ね)、土下座したり偽証したり身代わりになったりするわけで、何も守るべきもののない若者は、守るべきものがないからこそ、すべてを守ろうとして ”引きこも” ったりするのです。(p32)
守るべきものがはっきりしている人は、それだけを守ろうとするけれど、そういうものがない人は、すべてを守ろうとするから引きこもるという鴻上さんの説明は、とても分かりやすく、とても怖いことだなと思うのです。
守るべきものがあるということは、自分の役割があるということであり、自分が誰かを支えているのだという自覚があるということです。自分がいなければ家族が生活できないとか、自分がご飯を食べさせなければこの子は死ぬという現実が、自分を突き動かすのです。逆に考えれば、引きこもる人は自分の大事なものは何かをわかっていないということなのです。それは何でもいいんです。大好きなアイドルがいることでも、猫好きでも、電車好きでも、何でもいいから一生懸命になれることがあれば人は生きていけるんです。それがないのは、それをスポイルしたのは誰なのでしょうか?
僕は、もし「教育にとって一番大切なことは何か?」と聞かれたら、「バランスよくマイノリティー感覚を経験することだと思っています。(中略)
たぶん、昔の子供達をとりまいていたシステムはそうだったと思います。
算数の時間にマイノリティー感覚を感じた子供は、体育の時間にマジョリティー感覚を感じたり、学校ではずっとマイノリティーな奴は、放課後の原っぱではマジョリティーだったりと、ちゃんとバランスよくマイノリティー感覚を経験できたんだと思います。
バランスよくマイノリティー感覚を経験した人間は、優しくなると思います。ちゃんとした大人に成熟すると思うのです。が、マイノリティー感覚だけをずっと感じている人は、暗黒面の強い、やっかいな大人になるのです。
もちろん、ずっとマジョリティー感覚だけで育った奴もやっかいです。そんな奴と一緒に仕事はしたくないもんです。(p67)
何でもできる人なんていません。そして、何もできない人もいません。それぞれの得意なこと、不得意なことがあるからこそ、バランスの取れた考え方ができるのでしょう。なのに、どうしてそんなに自分のことを卑下するの?という人がいます。誰がそんな考え方を押しつけてしまったのでしょうか?
逆に、自分は無敵だと思っている人もいます。自分はあらゆる意味でマジョリティーだと思う人は「はだかの王様」です。権力や金があれば何でも好きに動かせるなんて、それはただの妄想です。いつかは破綻する日が来るのにね。
人生には様々な困難があります。そういうことに対して、古い日本人は「頑張ればなんとかなる」と言い続けてきました。でも、わかってしまったのです。「頑張ったって、どうにもならないこともある」って。立ち向かうより「逃げるが勝ち」ということだってあるんだということが、最近みんなの心に響いてきました。
「頑張れば報われる」なんて信じたばかりに辛い目に遭ってしまうことが、いろいろとあります。
「いじめ」からも「あの宗教団体」からも、「逃げるが勝ち」だよって鴻上さんは言い続けています。ホントにその通りだって思います。
2523冊目(今年222冊目)
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