『あちらにいる鬼』 井上荒野 249
作家の白木篤郎とその妻「笙子」との間には長女「海里」と二女「焔」がいる。白木にはいつでも女の影がつきまとっている。講演会で出会った「みはる」との関係は文壇のみならず、多くの人の間で有名な話だった。
妻の笙子も当然感づいていたけれど、特にとがめることはなかった。今付き合っている女と切れても、また次の女が現れるだけだし、時には複数の女と付き合っているのは分かっている。嘘つきだし女にだらしない。でも、家庭を壊そうという気はないらしい。白木はそういう男だからしょうがないと思っていた。
みはるも、そんな白木の性分はわかっていて、でも惹かれ続けている。変な男だけれど、惚れてしまったんだからしょうがないと。
この三角関係は、不思議なバランスが取れていて、このままでは永久に続きそうであろうことを感じて、関係を断ち切るためにみはるが出家したあたり、女の方が現実を生きているのだということを強く感じます。
いずれにしても、白木のような男を父親に持ち、笙子さんのような女を母親に持った娘が、小説を書き始めたというのはまったく自然な音のように思えた。はっきりと言葉にできないものを言葉にしようとして奮闘しているーーときどきは成功し、ときどきは失敗しているーーことが彼女の小説には見て取れた。そのような欲求を持ち得るというのは小説家の資質のひとつだろう。それが人間として幸運なのか不運なのかは、わたしにはやっぱり覚束ないけれど。(p225)
みはるの言葉を借りて自らを語る井上荒野という作家は、運命の人であることをどう感じているのかしら。
この物語のモデルは、井上荒野の父「井上光晴」とその妻、瀬戸内晴美(寂聴)です。荒野はあくまでも自分の想像力で描いたフィクションだというけれど、思わず「小説よりも奇なり」と言いたくなってしまうような現実に驚いてしまうのです。
この小説に関するインタビュー記事は、なかなか面白いものでした。小説内に登場するロシア女性の置き土産が事実だったというのはビックリです。
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