『電鉄は聖地をめざす 都市と鉄道の日本近代史』 鈴木勇一郎 278
「都心から郊外の住宅街へという発想で私鉄は線路を引いた」とよく言われますが、どうもそういう発想は、ある程度鉄道ができてからのことのようです。初期の鉄道敷設計画は、成田山(成田電鉄)、川崎大師(京浜電鉄)、穴守稲荷神社(京急電鉄)、池上本門寺(池上電気鉄道)など、いずれもお寺や神社へ電車で行けるようにすれば、参詣者が増えるという目論見から生まれたのです。つまり、寺や神社側の依頼によって作られたものなのです。
江戸時代に、神社仏閣へ詣でるには基本徒歩でしたから、泊りがけでの旅でした。明治時代以降、電車という便利な足ができてからは日帰りで行くことができる観光という形に変化していったのです。目的地である神社仏閣だけでなく、門前町にお金が落ちるようになっていくことで、町が活性化していったのです。
ですから駅の位置は目的地に近すぎてはいけなかったのです。適当な距離を置くことで門前町が栄えます。近すぎる駅の計画が立てられると、地元からの反発が大きく、実施できないことがほとんどなのです。
錦糸町と小松川を結んでいた城東電気軌道が、荒川放水路の開削により路線が分断されることになった際に、株価が暴落した。このとき、政府から補償金が出ることになったのだが、高柳(淳之介)はそれをいち早く察知し、転売によって巨額の利益を得たと回想している。彼の回想には多くの虚偽や事実誤認が含まれており、額面通りに受け取ることはできない。だが、重要なのは、彼がこれをきっかけに電鉄で儲けることを覚えたということだ。高柳は次のように言い放っている。
”金儲けは電車に限ると私は思った。同じ柳の下にドジョウがいないかと目を皿にして電車を見て歩いた。ところがあったよ、あったよ、いい電車が見つかった。それが池上電車だ。” p156
電車を通すことで金儲けができると考えたのは高柳だけではありませんでした。様々な人が電車を使うことで新しいビジネスを起こそうと考えたのです。競馬場や遊興施設、温泉、三業地、そして墓地まで。
これからの鉄道はどんな「聖地」をめざしていくのでしょうか。
序章 「電鉄」はいかにして生まれたか
第一章 凄腕住職たちの群像 新勝寺と成田の鉄道
第二章 寺門興隆と名所開発 川崎大師平間寺と京浜電鉄
第三章 「桁外れの奇漢」がつくった東京 穴守稲荷神社と京浜電鉄
第四章 金儲けは電車に限る 池上本門寺と池上電気鉄道
第五章 葬式電車出発進行 寺院墓地問題と電鉄
終章 日本近代大都市と電鉄のゆくえ
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