『江戸とアバター』 池上英子 田中優子 147
落語では、熊さん、八っつあん、ご隠居さん、町娘、お侍さん、様々な人間を言葉やしぐさだけで表現しています。つまりひとりの人間がそれぞれの登場人物のアバターを切り替えながら話を進めているのです。池上さんの対談の中で、柳家花緑さんはこう言っています。
落語をたとえるならば「マリオネット」です。操り人形をするとき、「これは粗忽者」「これは女将さん」そして人形を操る自分がいますよね、文楽人形みたいなものに思ってもらえればいいかな、常に「自分度」が高いんです。こっちは操っているけど、入り込み過ぎていかない。そこを瞬時に切り替えられる技が秘訣ですね。入り込み過ぎてしまうと、パッと演じ分けが利かない。p41
江戸時代は今よりも多様性が重んじられていた時代かもしれません。
結婚制度を例にとってみると、今と違って夫婦別姓、夫婦別財産制であった。しかも婿入り婚が今よりずっと多かった。夫婦が同じ姓でなくてはならないとされたのは、明治以降の西欧化の結果なのである。p182
江戸時代では家を存続するために、血のつながらない優れた能力の者を養子として迎えることは頻繁におこなわれた。実力と人気を支えるために、歌舞伎役者も世襲ではなかった。ところが近代では、伝統芸能をはじめさまざまなところで世襲がおこなわれ、縦のつながりを強くしていった。p202
江戸時代には、後世では有名な画家や文筆家であっても、実は別に本業を持っていて、別の名前で活動していた人が大勢います。本業は八百屋のダンナだけど、隠居後は絵を描いていた伊藤若冲とか、謎の人気絵師だった東洲斎写楽とか、アバターとしての活動をしていた人がかなりいたようなのです。
平野啓一郎氏が提唱している「分人」という考え方と、このアバター(分身)という考え方は、ほぼ同じで、ひとりの人間の中に複数の「人」が存在するのです。普段はどこにでもいるような会社員が、週末にはダンサーとして活躍していたり、俳句をひねっていたりするのです。
そういう時に芸名とか、俳号とか、ハンドルネームなどのアバター(分身)というのは便利です。その名前としての活動として外部から認識されるし、自分自身も「今は○○なのだ」という気持ちの切り替えができます。それによって、普段の自分にはできないことをやったり、気分転換ができたりするのはとてもいいことです。
自分という人間の中にある「別の人」を見出すことが、これからの混沌とした世界を生き抜くために必要不可欠なものなのかもしれません。
かつて村上さんは、他の子がなぜ音読に苦労しているのか全然わからなかったそうだ。教室で立って音読するのが大変な人の心がわからない。その姿が、周囲からは「威張っている」と思われたらしく、逆にいじめにも遭ってしまう。一方、聴覚過敏で、絶対音感があるため、自身がくたびれているときには、他人の声までが音階に聞こえてしまうという。P128
この本で紹介されていた村上由美さんのことがとても気になりました。彼女の特性を読んでいると、自分のことのように思えてきたのです。
そういう自分にずっと気づいていなかったのですが、5年ほど前にふと気づいたのです。わたしには、他の人が気にするようなことが気にならない所があるのです。他の人が「あの人はねぇ」というような人のことが気にならなかったり、舞台に出る時にドキドキしなかったり、「あなたは偉そうだ」と言われたこともあります。
そうか、わたしにもそういう傾向があるのだと気が付けたのは、ひとつの収穫でした。
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