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『文豪、社長になる』 門井慶喜 194

文豪、社長になる

門井慶喜(かどい よしのぶ)

文藝春秋

文藝春秋創立100周年記念作品

 菊池寛は大学卒業後、時事新報社の社会部記者をしながら小説を書いていました。小説だけで生きて行きたいという夢が叶えられたのは、友人、芥川龍之介の紹介で始めた新聞の連載小説が大人気となったからです。その連載は「真珠夫人」という本になりました。

 芸者さんたちから「真珠夫人を観ましたよ」と何度も言われたというエピソードが登場しますが、本が売れたのはモチロンですが、まだ新聞に連載中であったのにお芝居になっているというのですから、ビックリです。

 流行作家となった菊池寛は雑誌「文藝春秋」を大正12年に創刊します。昭和10年に芥川賞と直木賞を設立します。よき友であった芥川龍之介、才能はあったけれど変人の直木三十五、この2人との交流がなかなか面白いです。

 文藝春秋社で働いていた石井桃子さんのエピソードも面白いです。児童文学にこだわる彼女にとって、この会社が俗っぽく感じたのは無理ないなぁと思います。

 このところ、文春砲が様々な話題を提供してくれていますけど、その原型とも思えるゴシップ的記事が、文藝春秋の初期のころからあったのです。菊池寛は「人というのは他人の悪口が好きなのだ」ということをよくわかっていたのでしょうね。そういう感覚が今でも引き継がれているのは、すごいことだと思うのです。

 暴飲暴食と、戦時中の心労が重なったのか、昭和23年に59歳で亡くなった菊池寛。もうちょっと健康に気遣ってくれたらなぁと思いつつも、そんなことは一切考えずに突っ走った彼の一生は凄まじいものだったなと、ビックリすることだらけでした。

 彼の人生はスケールが大きいのか、先のことを余り考えていないのか、そういう時代だったのか、よくわからないけれど、波乱万丈で楽しい人生だったのだろうなと思います。

 実は、これまで菊池寛の小説を読んだことがなかったので、まずは「真珠夫人」を読んでみようかなぁ。

2856冊目(今年194冊目)

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