『この脳で生きる 脳損傷のスズキさん、今日も全滅』 鈴木大介 212
僕は7年前、高次脳機能障害になりました。
医療的には軽度といわれましたが、見えない障害をたくさん経験し、日常生活のあらゆるシーンで「病前通り」にできずに苦しみました。
当事者の中には家族崩壊や職を失う方も少なくありません。
高次脳機能障害とは、脳卒中などの病気や交通事故などで脳の一部を損傷したために、思考・記憶・行為・言語・注意などの脳機能の一部に障害が起きた状態をいいます。症状は人それぞれですし、それを本人がどう感じているのかもそれぞれ、そして患者本人がそれを説明することがとても難しいのです。
障害を持つ以前にできていたことが、今できなくなっているということが余りにもたくさんあるのです。説明したくても言葉が出ない、さっきやっていたことをすぐに忘れてしまう。メモしたとしても、そのメモをどこに置いたのか忘れる。こういう症状は大変ではありますが、比較的自覚もできるし、他人にわかってもらいやすいことです。
この本を読んでいてオオ~と思ったのは、外の世界での情報量やスピードについて行けないということです。エスカレーターのスピードについて行けないので乗れないとか、人が多いところへ行くとそれだけでイッパイイッパイになってしまって、立っていることすらできなくなってしまう。1対1の会話ならできても、大勢での会議だといろんな人の言葉が嵐のように襲ってきて考えることができなくなってしまうとか。そんなことを想像したこともありませんでした。
雑踏での人々の会話、駅のホームでの放送など、以前だったら無視できていた雑音がすべて脳を直撃し、情報量の多さに押しつぶされるという鈴木さんの証言にはビックリしました。
そうか、情報を取捨選択するのも脳の機能だし、エスカレーターの動きに合わせて足を出すというのも脳の機能です。そういうところが破壊されてしまって、困惑し、考えることができなくなり、立ち往生してしまうのです。
そういう症状が起きるということを、ほとんどの人は知りません。だから脳が思ったように動かずに困っている当事者の状況を想像することすらできないのです。だから、いらぬ誤解や偏見が生まれるのだと思います。
鈴木さんのような当事者の体験談は、実に有益です。この本を読むと「高次脳機能障害」について多くを知ることができます。なぜそういう行動をとるのか、なぜそういう発言になるのか、なぜ怒るのか、なぜ泣くのか、そういうことがおぼろげに分かってきます。
何をしてくれなくてもいい。ただ信じられる人がそばにいてくれるだけで、混乱せずにやれることがやれる。受傷前の信頼関係に大きく左右されることとは思いますが、多くのご家族が当事者にとってそのような存在になってくださることを願います。
そして、少しずつ回復していく過程の中で、信頼できる家族や友人の力が大きいという言葉はとても重いと思うのです。身近な人がそばにいてくれるだけで安心し、集中ができる。それを知ることができただけでも、この本を読んだ甲斐があったと思います。
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