『殺人犯はそこにいる』 清水潔 284
書店員Xの長江貴士さんが「文庫X」としてキャンペーンを行い、それがきっかけで大ヒット作となったこの本、実に面白い本で一気読みでした。そして、500ページ近いこのドキュメンタリーを、長江さんが多くの人に知って欲しいと思った意味がよく分かりました。
栃木県足利市と群馬県太田市は隣り合った場所です。この県境のわずか半径10kmのエリアで5人の幼女が誘拐され、殺害されたのです。しかし警察はこれが同一犯による連続事件だとは認めていませんでした。それは、「足利事件」と呼ばれる事件だけ、犯人が逮捕されたからです。しかし、逮捕された菅家さんが「自分は犯人ではない、これは冤罪である」と反論しても、DNA鑑定の結果あなたは黒であるという主張を譲らなかったのです。
この事件を知った清水さんは、事件の調書や報道された記事を調べるうちに、何かおかしいと感じたのです。その違和感を確かめるために、現場へと足を運びました。
清水さんが取材をするときに大事にしているのは「小さな声」を聴くことです。つい聞き逃してしまったり、見逃してしまったりしてしまう小さな情報の中に真実が隠れていることが多いと考えているのです。
調書を見ると、犯人は幼女を自転車の荷台に乗せて堤防の坂道を上ったということになっているのですが、実際に同じくらいの体格の人に実験してもらうと、それはかなり困難なことだということがわかりました。そして、被害者の母親にその話をしたところ、「うちの子は荷台には座れない」というのです。ということは、この調書は嘘だと清水さんは確信したのです。
様々な調査の結果、調書に書かれていることが虚偽であったり、DNA鑑定結果も怪しいと関係者に話をしても、もう結論が出ていることだからと取り合ってもらえません。それでも粘り強く調べていくうちに、警察が取り上げなかった証言も見つかります。
清水さんが本当にやりたかったことは、冤罪を暴くことではありません。真犯人を捕まえることです。真犯人はきっと近くに住んでいる。このまま放置していたら、また次の犯罪を起こすかもしれない。それを阻止したいという思いで警察に協力を求めますが、まったく動いてくれません。
その理由というのが実に恐ろしいのです。この事件のような冤罪が他でも明らかになるのが怖いのです。刑務所に入ったことでその人の人生が破壊されるだけでなく、すでに死刑が執行されてしまった人もいるのです。それを暴かれるのが嫌なのです。
警察や司法など、本来は信頼すべき機関が悪事を働くということ。それを必死に追いかける記者がいるということ。こういうことは、きっと今もどこかで起きているのでしょう。
こんなに素晴らしいノンフィクションを読めてとても幸せです。「真実は小説より奇なり」とは、この本のためにある言葉だと思います。
2946冊目(今年284冊目)
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