『聖の青春』 大崎善生 24-10
聖の青春(さとしのせいしゅん)
大崎善生(おおさき よしお)
講談社文庫
第13回 新潮学芸賞
第12回 将棋ペンクラブ大賞
第2回 広島本大賞
「電車のなかで本を読む」「あのとき売った本、売れた本」で紹介されていた本
聖(さとし)は幼少期にネフローゼ(尿にタンパクがたくさん出てしまうために、血液中のタンパクが減り、その結果むくみが起こる疾患)という大病を抱えてしまったのです。そのため、家にいることより病院で暮らす時間の方が長い生活になってしまいました。そんな彼が将棋と出会ったのは、まるで奇跡のようです。母親に将棋の本を買ってきてもらい、病院のベッドの上でそれをひたすらに読み、勉強する毎日でした。
病気と折り合いを付けながら将棋道場へ通い、力を付けた聖はプロになりたいと思いました。でも体が弱い彼のことを心配して両親は許してくれません。それでも食い下がらない彼を説得するために親族会議を行ったのです。そこで聖はどうしても将棋の名人になりたいこと、そのためには師匠について勉強しなければならないことを力説し、許しを得たのです。
聖の頭の中にはいつも「時間がない」という気持ちがあったのです。将棋界では21歳で初段になれないと奨励会を退会しなければならないいう厳しい決まりがあります。そして、それ以上に問題だったのが聖自身の体調です。自分はいつまで生きられるのかわからないと子どもの頃から思っていたのでしょう。寸暇を惜しんで将棋の勉強をし、友だちと遊び、本を読んでいたのです。
人はいつかこういうようになった。東に天才羽生がいれば、西には怪童村山がいると。
将棋の腕はドンドン上がっていきましたが、体調がいい日などありません。できるだけ体力を温存して生活していますが、それでも動けなくなってしまうことが度々ありました。
広島に住む母親は、聖から電話があればすぐに大阪でも東京でも飛んできます。体調が悪い聖から酷い言葉を浴びせられても、聖の面倒を見続けました。そして彼女以外にも、助けてくれる人が何人もいたのです。師匠の森は聖が入門したころは同居し、その後は近くに住み、何かと面倒をみてくれました。聖のアパートの近くのおじさんは、道路で動けなくなっている聖を車に乗せて道場や対局の場まで連れて行ってくれたのです。
彼のことを放っておけないと思わせる何かを聖は持っていたのでしょう。
25歳で聖は八段に昇級しました。ついに名人位を争うトップ10の仲間入りをしたのです。けれども体調は悪くなる一方で、病院から抜け出して対局し、また病院へ戻るという壮絶な日々でした。
村山聖、A級8段。享年29。羽生さんと1歳違いの彼が、こんなにも短い生涯を終えたのが残念でなりません。
文字通り「命がけ」で将棋をしていた聖さん。将棋以外で遠くへ行くことはありませんでした。1回だけひとり旅で北海道まで行ったというエピソードがとても好きです。きっと普通の若者のように恋したり、旅したりしたかったのでしょうね。
でも聖は、自分がやりたいと思ったことに、できる限り挑戦したのです。それは見事な人生だったと思うのです。
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