『不完全な司書』 青木海青子 24-39
青木さんは奈良県東吉野村で「ルチャ・リブロ」という人文系施設図書館で司書をなさっています。
ご自身の本棚を公開し、様々な方に利用してもらったり、感想を聞いたりすることで、自分ひとりでは気がつかなかったことを見つけてきました。
本を読むのは楽しみであり、勉強であり、冒険でもあ、自分が抱えていた「生きづらさ」の原因は何なのかを探るものでもあるのです。
一冊を書架から選び取ると、その本に関わる本をまた読みたくなる。自分が知らないこと、わからないことが浮かび上がって来て、隣の本も、その隣の本も手に取って読んでみたくなる。本という物自体が宿命的に、横断性、連続性を孕んでいると言えるのかもしれません。P79
本を読むと、そこに書かれていたことが気になって、別の本を読みたくなる。同じテーマであっても著者によって全く違う作品になる。そういうところが読書の醍醐味です。
図書館では「分からない」ことと付き合うための練習ができる P189
最近「分からない」という言葉をよく耳にします。「自分のやりたいことが分からない」「他人の考えが分からない」「世の中がどちらへ向かっているのか分からない」、とにかく「分からない」ことだらけだと嘆く人が増えたように思います。
でも、急に世界が分からなくなったわけではありません。実は昔の方がもっと分からないことだらけだったのだろうけど、情報量が少なかったから、そして生きていくためにしなければならないことが多かったから、「分からない」ということが気にならなかっただけなのかもしれません。
本は外から見ただけでは何が書かれているかは分かりません。ページを開いて読んでみなければ分からないということが、人生のすべてにおける「分からない」ことへの対応の練習になる。そう考えると読書の意義がまたひとつ増えたような気がします。
「一番困っている人たちは見えないところにいる」脳は回復する 高次脳機能障害からの脱出 鈴木大介より
この本で、鈴木さんの本のことが出てくるとは思いも寄りませんでした。本を読むことで今まで知らなかったことに触れ、考えが広がります。本に書かれていることから想像を広げると、自分にも当てはまることがきっと見つかります。それもまた読書の意義なのだと思うのです。
ルチャ・リブロでは、本に付箋を付けたまま次の人に読んでもらうというスタイルで貸し出しを行っています。こうやって、誰かと会話しているような読書というのも面白いかもしれません。
読んでみようと思う本
・しゃべれども しゃべれども 佐藤多佳子
3065冊目(今年39冊目)
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