『ラブカは静かに弓を持つ』 安壇美緒 24-169
CDを販売したり、ステージ上で演奏したり、カラオケで歌唱した場合に著作権料を支払わなければならないというのは、多くの人が納得してくれるものですが、音楽教室で楽器や歌を習っている人からも著作権料を徴収しようという話になって、そこまでするのかという反論が生まれたのです。ヤマハはJASRAC(日本音楽著作権協会)を相手に訴訟を起こしました。
著作権が切れたクラシックの曲ならこの問題は起きないのですが、音楽教室へ演奏を習いに来る多くの人がポップスや映画音楽など、著作権がからむ曲を練習していることが多いのです。
JASRACがヤマハの音楽教室へ、2年にわたって職員を「生徒」として通わせ、潜入調査していたというニュースを聞いたのは2019年のことでした。この物語は、それをもとに書かれたものです。
橘樹は子どもの頃にチェロを習っていたことがあり、ミカサ音楽教室で潜入捜査をするように指示されてしまいました。本当はそんなことをしたくないと思いつつも、仕事だからしょうがないと割り切ってチェロを習うことにしたのですが、久し振りに弾いてみると、やっぱりチェロの音色はいいなぁと思えるのです。そして、教師の浅葉が聞かせてくれるチェロの音色に、心惹かれてしまったのです。
仕事だからと思って通い始めたチェロ教室の時間が、いつしか待ち遠しくなってきた樹でした。
音楽教室での授業の音声を盗み撮りしていた樹は、なぜこんなことをしなければならないのだろう?と悩みます。音楽自体は楽しいものなのに、噓をついてまでこんなことをしている自分に息苦しさを感じます。
物語が進むにつれ、樹の葛藤が少しずつ大きくなっていくのが、とてもよく伝わってきました。だから、樹がとった行動は、自分がもし彼の立場だったらと想像してみると、わたしも同じことをしていたかもしれないと思えたのです。
2022年9月、最高裁の判決では、教師による演奏のみが演奏権(著作権の支分権の1つ)の対象となり、音楽教室側に音楽著作権使用料の支払い義務が生じ、生徒の演奏については生じないとする判断が確定したそうです。100%ではないけれど、ヤマハ側の主張が認められたということです。
この判決を聞いた樹は、きっとホッとしたでしょうね。
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