『パトリックと本を読む』 ミシェル・クオ 24-267-3293
パトリックと本を読む
Reading with Patrick
ミシェル・クオ
Michelle Kuo
神田由布子(かんだ ゆうこ)訳
白水社
・これはわたしの物語 橙書店の本棚から
・電車のなかで本を読む
台湾系アメリカ人のミシェル・クオは、ハーバード大を卒業し、ロースクールへ進む前に、アメリカ南部の町で2年間ボランティアの教師になることを決めました。ここの黒人の生徒たちに、学ぶ楽しさを知って欲しいという理想を持って挑んだのですが、そうは上手く行きません。彼らは、教育をまともに受けていないし、家は貧しいし、将来に夢などありません。ここを抜け出してどこかで一旗揚げるという発想すらないのです。
それでも、生徒たちと少しずつ打ち解けていき、中でもパトリックという少年には才能があると信じるようになりました。ミシェルは2年後にこの学校を去り、ロースクールへ進みました。数年後、彼女は悪い知らせを受け取ってしまったのです。パトリックが人を殺して、拘置所にいるというのです。
久し振りに再開したパトリックは別人のようでした。文章をまともに書くこともできず、前を向いて話すこともできない。あんなに聡明だった彼がどうして? ミシェルは困惑します。
南部における黒人の扱いというのは、奴隷制度の時代と大して変わっていません。ある意味ではそれ以下かもしれません。そんな状況を変えていくには、ひとりひとりの力が必要なのだけど、そのためには教育がとても大事なことです。教育を受けていない人は、自分がどんな立場であるのかわからないし、誰に助けを求めたらいいのかもわかりません。
それをいいことに、白人たちは黒人たちの権利を踏みにじります。拘置所にいる被告人は、裁判が行われる前日に「明日法廷へ来るように」と言われます。国選弁護人とそこで初対面し、裁判が行われます。まともに文章も読めない人に、この文章の内容を理解しましたねと同意のサインを求めます。裁判所は、犯罪者が多過ぎて処理が遅れると言いわけしますが、パトリックが拘置所に入れられてから、裁判までに16か月もかかっています。それでもパトリックは、幸運な方です。ミシェルが彼が起こした犯罪について調べ、国選弁護人と話もしていますから。普通の人は、裁判所が出してきた紙の通りですと認める「司法取引制度」で罪が決定してしまうのです。
ミシェルは、パトリックが犯罪を犯してしまったことに責任を感じていました。だから、パトリックの元へ定期的に通い、文章を書くように勧め、一緒に本を読みます。パトリックは最初こそまごついていましたけど、少しずつ成長していきました。かつて彼が持っていた聡明さが少しずつ戻ってきたのです。
かつてミシェルは、キング牧師や、マルコムXなどが書いた本を読めば黒人たちは、そこに共感を覚え、このままではいけないと気がついてくると信じていました。でも、そういう考えは浅はかだったと気づいたのです。だって、文字が読めなければ本は読めないし、自分がどういう人間なのかを考えたこともないのに、その本を書いた人や登場人物との間に共感など持てるはずもありません。だから、教育が必要なのです。自分のことを理解するために、社会のことを理解するために。
アメリカの人種問題は根深いのです。都会では少しずつ理解が進んでいても、田舎では南北戦争時代よりも悪くなっているのかもしれません。著者のミシェル自身だって「中国人」と揶揄されるシーンが何度も出てきます。
人種間の問題、移民の問題、いろんなことを考えさせられる本でした。
この本の中で、リチャード・ライトの自伝「ブラック・ボーイ」が登場しました。「フレデリック・ダグラス自伝」のことも初めて知りました。まだまだ、わたしが知らない歴史がたくさんあるのです。
つらい話がたくさんあるだろうけど、それを避けていては何も知ることができません。これまで知らなかったことを知ること。それこそが自分に対する「教育」なのだと思います。
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