『別冊100分de名著 集中講義 大乗仏教 こうしてブッダの教えは変容した』 佐々木閑 24-275-3301
「釈迦の仏教」では出家修行を最重要視しています。P10
「釈迦の仏教」が自己鍛錬によって煩悩を消そうと考えたのに対し、大乗仏教では外部にわたしたちを助けてくれる超越者や、あるいは不思議なパワーが存在すると想定して、自分の力ではなく「外部の力」を救いの拠り所と考えました。そうなると厳しい出家修行を行うよりも、不思議な存在との間にしっかりとした関係性を築くことの方が重要になってきます。そのため大乗仏教では次第に「在家信者でも悟りの道を歩むことは可能だ」という考えが前面に出てくるようになったのです。P12
大乗仏教を新たに作った人たちは、お釈迦様の教えを決して意識的に捻じ曲げようと考えたわけではないでしょう。大乗仏教の教義は、それまでの「釈迦の仏教」とは似ても似つかぬものもありますが、すべては修行者たちの宗教体験をベースに生み出されたものなのです。P31
「南無阿弥陀仏」すなわち「阿弥陀仏におすがりします」と心から念じさえすれば、誰もが一足飛びに極楽浄土に行けるというわけです。こうした「自力で浄土に行くのではなく、阿弥陀様が私達を浄土に連れて行ってくれる」という「他力本願」の考えこそが、浄土教と他の大きな違いで、多くの人を引き付けた一番の理由でしょう。P120
仏教は「仏・法・僧」の三つで成り立っているというお話をしましたが、律が導入されなかったということは「仏・法」の二つだけで日本の仏教は成立していることになります。じつは、この状況は非常に特殊なものです。
~中略~
例えば、お金でお布施をもらう、結婚して子供を作る、お酒を飲む、お寺に来た人から僧侶が直接拝観料を取る。これらは皆、律によって禁じられた行為なのです。P182
お釈迦様が提唱された仏教では、修業した人しか救われません。でも、殆どの人たちは働かなければ生きていけないので、それは無理です。ですから、念仏を唱えることで救われるという大乗仏教に多くの人が惹かれていったのはわかります。もともと日本人がそうであったのか、それとも仏教の影響が大きかったからか、大乗仏教が持つ「他力本願」の考え方が浸透したのでしょう。
日本の仏教には「律」がないということを初めて知りました。仏教のお坊さんは修行をしてらっしゃる「徳」のある方ばかりではないし、「坊主丸儲け」が成立するのはそのせいなのですね。
仏教発祥の地のインドでは、現在ヒンドゥー教徒が80%を超し、仏教徒はわずか1%しかいません。仏教がどんどん変容していくことで、ヒンドゥー教と非常に似た考え方になっていき、最終的に吸収されてしまったのではないかというのです。
そんな中、現在ヒンドゥーの最下層「不可触民」たちを救うと考えらているのが仏教であるというのも不思議なものです。(現在のインドの仏教については「男一代菩薩道」に詳しく書かれています)
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