『まいまいつぶろ』 村木嵐 24-296-3322
八代将軍吉宗の嫡子である長福丸は、生まれた時にへその緒が首にかかっていたために、半身まひとなり、手足の震えが止まらず、はっきりと話すことができませんでした。もうすぐ元服だというのにこのままでは廃嫡(世継ぎになれない)ではと噂されるようになっていました。
将軍の嫡男である長福丸のことを家臣たちは懐疑的に見ていました。知能にも問題があるのだとか、障害のために尿を我慢することができず、彼が歩いた後に尿を引きずった跡が残るため、「まいまいつぶろ」(カタツムリ)などと陰口をたたく者もいました。
14歳になった長福丸の前に、彼の言葉がわかるという兵庫という青年が現れたのです。彼は小鳥の声も聴き分けられるというほど耳が良く、長福丸の通詞として傍に置こうということになったのです。でも、彼が本当に長福丸の言葉を分かって伝えているのかどうかを疑う人が多くいます。
長福丸様は、目も耳もお持ちである。そなたはただ、長福丸様の御口代わりだけを務めねばならぬ
親戚筋である大岡忠相から言われたこの言葉を、兵庫は一生守り続けたのです。
長福丸と話ができる兵庫は、彼が頭脳明晰であることがすぐにわかりました。これまで癇癪を起していたのも、言葉が通じなかったからで、実は心根の優しい人だということもわかったのです。
今の時代ならホーキング博士のようにコンピュータを介して会話ができるけれど、当時はそんなものはないから、手の震えのために筆談もできない長福丸は、とてもつらかったのでしょうね。兵庫という自分の言葉を理解してくれる人が現れて、初めて人間らしい気持ちになったんじゃないかな。でも、兵庫が本当に言葉を伝えているかどうかに疑問を持つ人が多かったのは、とても悲しい状況でしたね。
将軍の嫡男で、お付きのものは大勢いたけれど、母親は既に亡くなっていたし、奥方と心はつながったけれど、彼女も若くして亡くなってしまったし、長福丸はとても孤独だったのです。だからこそ兵庫の存在は大きかった。いつも一緒にいてくれて、何でも話せて、絶対に裏切らない人、唯一無二の友人でもあったのでしょうね。
お殿様であろうと、普通の人であろうと、本当に心を許せる人と出逢えるかどうか、それが人生の中で一番大事なことなのだということを伝えてくれた作品でした。
3322冊目(今年296冊目)
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